日々の抄

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 本邦初演は聴けなかったが

2008年09月1日(月)

  ことしも草津夏期音楽フェスティバルに行った。30日のクロージングコンサートであった。フェスティバルの趣旨から、フルオーケストラの演奏は大抵初日かクロージングコンサートだけで、他はアンサンブルが中心である。当日は生憎の雨天だったが、幸いにして雷雨にならなかったものの、空模様を心配しながらのコンサートだった。

  ことしのテーマは「18世紀の音楽〜バロックからクラシックへ」であった。ことしのフェスティバルの目玉はなんといっても24日に演奏された、ヨゼフ・アイブラー(Joseph Eybler 1765-1846)の本邦初演のレクイエム(Requiem in C Minor)であった。モーツァルトの没後、未亡人コンスタンツェが未完成だったレクイエムの完成を依頼した人物である。アイブラーは作業を開始したものの、自らの能力を考え辞退したいきさつがあった。アイブラーは1792年没した皇帝レオポルドU世の命日に行う記念礼拝のため「レクイエム」を作曲したが、初演は1805年皇帝の命日だったという。この作品は「怒りの日Dies irae」「呪われた者 Confutatis」「私をお呼び下さい Voca me」に複合唱様式が用いられるような特徴をもち、ソリストが活躍する箇所をたくさんもつが、モーツァルトを模倣したものではないという(オットー・ビーバによる)。

 クロージングコンサートの演目は、ヴァイオリン協奏曲ハ長調WoO.5(L.V.ヴェートーヴェン)、チェロ協奏曲ト長調G.480(L.ボッケリーニ)、ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調L.216(W.A.モーツァルト)、協奏交響曲変ホ長調K.Anh.9(K.297b)(W.A.モーツァルト)の4曲だった。

  第1曲はヴェートーヴェンが20歳代前般に作曲された。259小節までが残され、その後をいろいろな人が書き加えている。今回はヨーゼフ・ヘルメスベルガー(ブラームス時代のバイオリンの名手と称された人)校訂による、1972年ベーレンライター版であった。S.Gawriloff氏の、のびやかなヴァイオリンの音が響いたが、カデンツァ部分だけは、全盛期にはさぞかし潤いのある演奏だったのではないかと思いながら聴いた。1楽章だけの珍しい曲であり、あっという間に演奏が終わってしまった。

  第2曲のチェリストベッチャー(W.Boettcher)氏の演奏は、時に微笑みながら体中で音楽を楽しんでいる様が伝わってきた。特に低音の響きがよかった。第2楽章のカデンツァに「荒城の月=滝廉太郎作曲」のメロディーが組み込まれているのには驚かされ意外だった。フリードリヒ・ヴィルヘルム・グリュッツマッヒャー(ドイツのチェリスト)が改変を加えたもので、第2楽章はグリュッツマッヒャー版変ロ長調の第2楽章と同じという。滝廉太郎(1879−1903)とグリュッツマッヒャー(1832−1903)は没年が同じである。滝廉太郎は1901年(明治34年)に、文部省外国留学生として、ドイツ・ライプツィヒ音楽院に約1年間留学しており、「荒城の月」の作曲は1900年だから、グリュッツマッヒャーが曲を拝借してもおかしくない。それにしてもチェロの音の豊かな響きは快い。ビブラートをかけない演奏法もあるらしいが、繊細なビブラートのかかった音が会場のあちこちに送り込まれ、それを体全体で受け止めるのはなんとも言い難い快感である。

 第3曲はよく知られているヴァイオリンコンチェルトである。澄んだ音色の管楽器を背景に、快活な演奏だった。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲の内、確実に真作と考えられているのは1〜5番の5曲のみという。第3番は前作と比べると格段のできの作で、たくさんの人に好まれているという。ソリストのヒンク氏は元ウィーンフィルコンサートマスターの経歴を持っており、草津フェスティバルではよく知られている。彼の演奏も音楽を楽しんでいる様子が伝わってくる演奏だった。

  第4曲の協奏交響曲変ホ長調はオーケストラをバックにオーボエ、ホルン、ファゴット、クラリネットの輝くような協奏交響曲といえる。特にオーボエの高音部分はしびれそうな流麗さであった。第2楽章でのクラリネットの輝かしい音、ホルン、ファゴットも然りだった。私は随分以前からこの曲を聴き、なじんで懐かしさも感じる曲だが、演奏家を目の当たりにした音の響きは他に代え難い。
 この曲には因縁があるという。モーツァルトがパリで22歳に作曲した楽譜が買い取られたが、その後所在が不明になり100年近く演奏されることがなかった。20世紀に入り、この日演奏された曲の筆写譜が発見され今日演奏され、よく知られるようになったという。はじめ作曲された曲が真作で、今日知られている曲は贋作という説もあるらしいが、もし贋作ならモーツァルトに匹敵する作曲家がいることになりそうで興味深いことである。

  ことしも草津夏期音楽フェスティバコンサートに天皇皇后が来られ、美智子皇后はピアノトリオトリオ『街の歌』(ヴェートーヴェン)のアンサンブルを楽しまれ、コンサートを聴かれる予定だったが、アフガニスタンでの邦人殺害事件をうけ弔意を示すため中止されたと報じられた。毎年思うことだが、群馬の片田舎の温泉街に著名な音楽家を迎え、全国から音楽を楽しむ人びとが集まっていることは嬉しいことだ。そんなところに日帰りで行ける場所に住んでいるのは幸いである。来年は30回を迎える。どんな演奏が聴けるか、楽しみである。


oboe:T.Indermuehle、Horn:S.Dohr、Bassoon:M.Turkovic、Clarinet:N.Taeubl
草津フェスティバルオーケストラ
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