日々の抄

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  突然の便り

2002年9月16日(水)   ジャカルタに住む若者からの便り

 ある日突然、7年間音信のなかった卒業生からメールが届いた。インドネシアからであった。彼は高校を卒業後、すぐに航空工学を学ぶために米国に渡った。彼のほかに私のクラスから3名が留学のために渡米した。日本の大学に飽きたらず、多岐に亘る学問ができることに魅力を感じてのことだったが、十二指腸潰瘍で命の危機に瀕した後、健康を回復して学問を続けている者を含め、その後の音信は途絶えている。
  彼の母親の前ぶれもない訪問を受け、彼の近況を知らせてくれ、連絡をとることができるようになった。彼は思うところあって、2000年インドネシアに渡って文化人類学を専攻し大学に籍を置いて現在に至っている。

  「自分のことを覚えていてくれていますか」との問いかけがあったが、彼は何事にも鷹揚に構え他人を思いやる気持ちに長け、いろいろな考えを持ちたいという気持ちが伝わっていた。そんな彼を、私は「面白いヤツだ」と好感をもっていて、在学中は膝を交えてよく話しをしたものだった。物事を直線的に考えず、何事にも挑戦しようとしていた彼のことだから、英語とともに学んでいたインドネシア語を通して、インドネシア国に目を向け、多民族国家で研究されていない民族や文化がたくさんあることに興味を惹かれてインドネシアに渡ったことも頷けることであった。一方で彼は、はじめに専攻した工学と異なり文化人類学で生計を立てられるのかという不安を感じているようだ。

 彼によると、「インドネシアは日本と同じ島国で約13000の島と約300の民族が共存する共和国であり、世界最大のイスラム教国家としても知られている。独立して国家が誕生してからまだ50余年の発展途上国で産声をあげたばかりで治安上の問題もあり、政治も不安定でたくさんの問題を抱えていると感じている。赤道に近い熱帯雨林気候なので一年中暑い日が続き、唐辛子をたくさん使った辛い料理を毎日食べて生活しているが、物価はとても安く、食事が一食約100円(8000ルピア)で済む」とのことだった。

  また「インドネシア人の信仰心の高さに驚かされている。インドネシアでは国民の約8、9割が熱心なイスラム教徒(回教徒)で世界最大のイスラム国家である。他にキリスト教徒、そしてごく少数だが、華僑の仏教徒がいる。大学生は宗教の行事に出席しなければならず、大学では仏教徒の集まりに参加している。1学年3000人いる中で仏教徒は約50人。少ない分、結びつきが強く、仏教徒と仲良くしている。友達の中には異教徒の人間から「お前の宗教は悪魔の宗教だ」と面と向かって言わたこともあった。宗教紛争も繰り返えされていて、今でもマルク州では宗教間の対立が続いている。恋愛も自由ではなく、法律では夫婦が同じ宗教を信仰しなければならず、異教徒間で結婚をするなら、どちらかが改宗して、同じ宗教を信仰しなければならない。日本では感じなかったことが、インドネシアで改めて考えさせられた。友人にキリスト教徒とヒンズー教徒のカップルがいて、結婚するならどちらかが改宗を求められ、もしヒンズー教徒の女性がキリスト教徒になった場合、親の死に目に会えなくなってしまう。」と異文化に驚愕の毎日のようである。

 彼は日本を離れ、級友は彼だけが外国人という環境の中で、アルバイトをしながらの厳しい生活の中で、 「今を生きる。今が大切」という言葉の意味が分かった気がするという。いま、生きていることがどういう事かを実感しているという。
 この言葉は彼が高校を離れる最後の日に贈った言葉であった。

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