| 元日の社説を読んで |
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2026年1月6日(火) ことしも、元日の新聞各社の社説を読んで思ったことを記す ■朝日新聞 『「つなぐ’26 退潮する民主主義 「分断の罠」に陥らぬよう」』 世界における独裁的国家の数(91)が、民主的国家の数(88)を2002年以来初めて上回った。「民主主義の後退がどれほど深刻化しているかを示すものだ」と警告したという(スウェーデンの独立調査機関「V-Dem」25年の報告書)。 民主国家と独裁国家について 民主国家は「誤りに陥っても、それを改めることができる」修正力を持つが、独裁政治は、政府の過ちを批判しようとする声を権力が封殺し、「自分の陥った誤りを改めることができない」。然りである。 民主主義が後ずさりしていないかを見分ける「四つの指標」(米NGO「フリーダムハウス」による)の、一つ目の「法の支配の弱体化」、二つ目の不透明な資金調達や選挙規則の操作など、公正・中立な選挙への疑念。三つ目の「報道の自由への攻撃」、四つめの社会的弱者が直面する「移民への差別・不当な扱い」のすべてを現在の米国で体現している。同時に日本でもこれに近い目に見える形で、特定秘密保護法に続くスパイ防止法、排外主義などが進行していることへの警告を記している。現首相が総務大臣時代に「政府の敵対するTV局は電波停止だ」、などと居丈高に語っていたことを思い出すと、「報道の自由への攻撃」は目前の危機ではないのか。 結語として『民主主義は、過去試練にさらされても復元力を見せてきた。・・・分断の罠に陥らぬようにしたい』としている。 ■毎日 『海図なき世界 「ポスト真実 (post-truth)」超えて 未来を描き社会を変える』 オックスフォード大出版局が選んだ注目された英単語は2016年には「ポスト真実(post-truth)」、2025年には「レイジベイト(rage bait=怒りのエサ)」だったという。2016年トランプ氏勝利した米大統領選で、真偽不明の情報が広がりはじめて10年、SNSなどで偽情報や陰謀論をばらまき、怒りや不信感をあおる行為は、ナチスが第一次世界大戦後の混乱をユダヤ人のせいだと決めつけるプロパガンダで支持を集めたことに通じる。 根拠のない言説が勢いを持つ理由について、「メディアが画一化された大量の情報を発信し、聴衆を思考停止させる現象」を、「自分の力では解決できない絶望的な状況に直面する人々は、極端な主張を信じ込むようになる。それが偽情報や陰謀論のような「神話」を社会に根付かせる養分になると」いう・ 「自分に都合のいい情報を繰り返し見る」、「社会の不合理を排他主義的な発言を受け入れ満足する」などの昨今の国内の政治に顕著で危険な動きにそれを見せられている気がする。 結語として『平和で豊かな社会を築く「海図」として構築された秩序が揺らいでいる。漂流する世界で、新たな道しるべを探したい』としている。 ■読売 『知力、体力、発信力を高めたい 世界秩序の受益者から形成者に』 「国際世論作り主導せよ」「TPP拡大で切り開く」「経済成長は外交の基礎」「政治の安定が不可欠だ」「言論空間守る責任を」の小項目建てで論を進めている毎年の方式を継承している。各論はもっともだが、『トランプは国際ルールを無視し、中国との関係を「G2」とさえ表現する。言動からは、軍事大国の米中露がそれぞれ勢力圏を力で支配しようとする帝国主義的な危うさを感じざるを得ない』『日本は、自由と民主主義、法の支配を尊重する国々との連携を強め、国際秩序の漂流を食い止めねばならない。そのための国際世論作りを 牽引するには、まずは知力が欠かせない。』は同感である。 結語の「傷付けられる側の立場に立つことの大切さ、自分がしてほしくないことは他者にもしてはいけないという、当たり前の道徳観を改めて思い起こしたい」とあるが、軍事大国の米中露がそんなことを考えていようがないだろう。「自由と民主主義、法の支配を尊重する国々との連携を強め、国際秩序の漂流を食い止めねば」が自己保身に走り政治と金の決着もつけようとしない現政権では果たせぬ夢であろう。 ■東京 『年のはじめに考える 「怒」を「恕」に変える』 2つの平易かつ含蓄のあるエピソードは分かりやすい。 一つ目は、米ドラマ中、「戦場のような厨房で、主人公が別のシェフと言い争いになった時、途中で自分の胸を拳でポンポンと2回たたいて、「後で話そう」を意味する料理界のサインだと説明。ついカッとなる人間という生き物のこのサインが、いわば沸騰して噴きこぼれそうな鍋に注ぐ差し水のようなものに思える。 二つ目は、書家の金澤翔子さんの師である母の泰子さんが翔子さんを叱ることもしばしばある中、ある時、翔子さんが「お母様が怒るとき、私が『恕(じょ)!』と言ったらニコッとしてね」と言う。「恕」は「思いやり」や「ゆるす」の意。 世界の分断が、胸を2度たたいたり、「恕!」と言ってすぐに解決できるものでないが、個人的なつながり、音楽、アニメ、他の文化を通じての交流は当たり前のように成立していることを思えば、いかにして「怒」を「恕」に変えられないかを考えさせられる。 各紙とも、世界の分断、大国主義が世界を席巻していることを憂いていることは共通である。 更に、ウクライナ、ガザをはじめ、武器を持たない無辜の人々の命が毎日のように奪われていることは堪らないことである。 米国、ロシア、イスラエルの大統領・首相らはいずれもキリスト教、ユダヤ教の信者であることは共通している。聖書のどこに「ひとを殺めていい」と書いてあるのか。彼らの信仰しているふりは、政治的な利用に過ぎないのではないか。「あしたに道を知ればひとはいくらでも殺してよい」ということなのか。彼らの信仰心は紛い物にしか過ぎない。信徒を名乗る資格などない。中国は独裁国家と言える。経済的な衰退を前にして、他国への領土拡大、侵攻はいずれ破綻するに違いない。 今求められているのは、ニーチェが言うところの「超人(Übermensch)」なのではないか。 |
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