| 戦後81年の夏の終わりに |
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2026年8月31日(月) ことしも戦争記録を、数多くTVの映像などを視聴した。ことしは戦後81年としての記録が多かった。昨年までと大いに異なることは、国際的に民主主義国家とされていながらあまりにも自国ないし国を代表するものの個人的で独善的政治が行われ、また独裁的社会主義国として、国政法を無にしようとし、核による他国へのお脅しをする企みが見え透いた、他国への侵略行為が公然と行われている。今も毎日のように行われている独裁的政治家の、他国民の死をなんとも思わないような武力行為が行われていることへの怒りと合わせて穏やかでないひと月であった。 「戦前がもう始まっている」という言葉を聞く。同感である。その言葉に真実味を国内でも感じさせる政治家の言動がある。戦争死約300万人。特攻死約4000人もの日本人としてあれほどの犠牲を強いられた太平洋戦争がなぜ始められたのか、なぜ明白な敗戦だったにも関わらず原爆投下、市街地への空爆など大きな犠牲の前に敗戦を認めなかったのか。8月は毎年自分が今あることといかなる関係があるか。 以下は視聴した番組の一部である。 8月5日 あしたは8月6日じゃけぇね 〜平和の声が届く部屋in 広島〜2026 8月5日 映画「千羽づる」【終戦の日特集】 8月6日 映像の世紀 8K映像で描く第二次世界大戦(2)収奪 1941-42 8月6日 ETV特集 二重被爆 〜知られざる163任の運命〜[再] 8月6日 NHKスペシャル 原爆ドーム 世界遺産登録の舞台裏 日米の間で何が[再] 8月8日 ETV特集”切り捨てられた”被爆者 在韓被爆者の81年 8月8日 レジェンドドキュメント ノー・モア・ナガサキ〜被爆80年VOICE〜 8月8日 関口宏の一番新しい近現代史 広島・ナガサキへ原爆投下 ポツダム宣言受諾決定ほか 8月8日 テレメンタリー2026「核を抱く星− VOICE」 8月8日 時をかけるテレビ 池上彰 原爆投下10秒の衝撃 8月9日 関口の三人寄れば 童謡も紙芝居もアメコミヒーローも 戦争プロパガンダを検証 8月9日 BSスペシャル 原爆裁判〜被爆者と弁護士たちの闘い〜[再] 8月9日 NNNドキュメント’26原爆ドーム〜目から消えるものは、心からも消える〜 8月10日 こころの時代 選”他者のために” アルペ神父と広島 8月10日 映像の世紀 8K映像で描く第二次世界大戦(3)地獄 1942-44 8月10日 昭和の選択 湯川秀樹の「戦争」と「平和」 8月10日 ハートネットTV 戦後80年 生死を分かつ”塀” 〜精神障害者たちの戦争〜 8月10日 NNNドキュメント’26「被爆者がいなくなる日」長崎、平和を伝えるあなたへ 8月11日 池上彰の戦争を考えるSP2026 戦没画学生が残した絵は何を語りかけるのか 8月11日 クラッシク倶楽部 幻の戦時楽曲 〜日本の作曲家たちが描いた戦争〜 8月12日 [特集ドラマ] 手塚治虫の戦争 8月12日 映画「ああひめゆりの塔」終戦の日特集 8月12日 昭和の選択 原爆と平和のはざまで 〜長崎の鐘 80年目の真実[再] 8月12日 手塚治虫のみた”戦争”と”未来”[再] 8月14日 NHKスペシャル 台湾海峡で知られざる核危機が 機密資料から全貌に迫る 8月15日 NHKスペシャル 81年以上をタイムスリップ 戦時下を追体験する授業 8月16日 NHKスペシャル 硫黄島の白い旗 水木しげるの傑作をアニメ化 激戦地で何が 8月17日 映像の世紀 8K映像で描く第二次世界大戦(4)地獄 1944-45 8月24日 映像の世紀 バタフライエフェクト 特攻若者たちの絶望と祈り これらの中で衝撃的だったのは「NHKスペシャル 台湾海峡で知られざる核危機が 機密資料から全貌に迫る 知られざる核危機 ハルペリンン文書の警告」であった。第三番目の核兵器使用が限りなく現実味のある危険な状態だったこと、米軍の中国への核攻撃に日本が当事者になりかねなかったにも関わらず、当時の日本政府は日本国民の命よりも米国への慮りが優先されていたこと、核が絶対悪であることの訴えがあることなど、現在の国内の状況と符合していることから、内容を引用しておきたい。 内容は、台湾を巡る中国と台湾の、あわや広島、長崎に続く第3番目の被爆攻撃が米国からなされる寸前の顛末の記録である。時は1958年8月、台湾海峡を巡る争いであった。米中の争いの中、中国軍の台湾の金門島攻撃が開始された。米国の政治学者モートン・ハルペリンによる報告書から実態がが明らかになった。 米国が台湾を支援するため核使用を進めるため突き進んでいた。多大な犠牲も辞さないという姿勢だった幹部たちは「最初から核兵器を使用しない限り成功の見込みはない。場合によっては沖縄への核の報復もほぼ確実に発生するだろう。その結果を受け入れなければならない」という。兵士たちは「指示があれば核攻撃するつもりだった」という。その作戦に日本も無関係ではなかった。つまり、中国攻撃の反撃として沖縄が中国に加勢するソ連(当時の核保有国は、米国、英国、ソ連の三カ国のみ)からの核の壮絶な攻撃で日本国民が犠牲になっても致し方なしということであり、それに日本国政府は反対しなかったのである。 ハルペリンによると「関係データを見る限り、他の結論に至ることはできなかった。核兵器は終わりのないエスカレーションを招く。核兵器に依存することを選択肢として持つこと事態が常にとても危険なのだ」という。軍幹部の米国から日本への見解は「金門島への砲撃が始まった際、我々は日本国内の基地を使用することを日本側が拒否するのではないかと直ちに懸念した。」だが、日本側は 干渉しなかった。日本の指導者たちはアメリカを困らせるような行動発言を最新の注意を払って避けてきた。これらは日米関係における好ましい進展を示している。 核兵器の使用について統合参謀本部議長 ネイサン・トワイニングが提案していた。米軍はまず厦門周辺に15トン程度の核兵器使用から始める。時の大統領アイゼンハワーは通常兵器では勝てないと考え、核兵器使用で脅しをかけ「核抑止」を考えた。核兵器を通用兵器と見做し、通常兵器を時代遅れの鉄爆弾と見做したのであった。とんでもない話である。核兵器が人間にどれほどの被害を長年にわたる影響を与えることについて、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下から13年も経過しているにも関わらず、まったくの「無知」ないし、無関心で他人事であったことが分かる。もし、米国に他国が核兵器を投下し、自国民がヒロシマ・ナガサキと同じかそれ以上の被害が及んだことなど想像できない、大国の指導者としての資格を有せず、人間として許せるものではない。 金門島攻撃の前日、アイゼンハワーは核実験中止を命令していた。米国内でも世界でも核実験反対運動運動起こっていたが、被爆で片目を失明しながら核実験反対を主導した哲学者森瀧市郎氏をはじめとする日本国内の被爆者の抗議運動などが大きな影響を与えた。 米上層部は通常兵器での攻撃を決めていた。これに対し核攻撃の順を整えていた太平洋空軍司令官ローレンス・キューターは強い憤りを持ち、はじめから核兵器を用いなければ勝ち目はないと断言。すでに核が台湾に持ち込まれていたと記録されていた。通常兵器では力が拮抗しているので、核攻撃が必須であり、中国に10トン級の核爆弾を複数個使用しなければならないという流れになっていた。中国にソ連が協力し米軍が先に核攻撃されるだろうとの恐れを感じていた。日本国内に厚木のJonson基地(現・入間基地)に核搭載の爆撃機が配置されていた。日本政府には米軍の攻撃関係の報道を控えるよう要請していた。(当時、岸信介首相。藤山愛一郎外相だった) 長崎で被爆した渡辺千恵子さんは被爆により歩行困難の体で、1958年8月1日上京し「米軍が日本の基地から核を持って攻撃するということは、日本が核武装するいうことに等しく、日本は被爆国から加害国になることだ。自らが被爆者である私は断じて許せないことだと思う」と訴えた。 攻撃から17日後、核攻撃についてソ連のフルシチョフは、世界大戦になりかねないとの書簡を米国に送った。これに対し、広島・長崎原爆投下時の空軍司令官だったトワイニングは、米軍は台湾から北上しソ連を核攻撃すべし。その結果、核基地となっていた沖縄への攻撃を覚悟せざるを得ないなどと、凍りつくような世迷言を言い放っている。 なぜ、核攻撃がなされなかったか。米中は会談を重ね、世論を懸念していたアイゼンハワー大統領は、核攻撃反対の世論に押された結果、砲撃44日後に終戦に至った。 その後、1960年1月に日米安全保障条約を締結。その6年後、1964年 中国は初の核実験を行っている。 被爆者である横山照子さんの次の言葉が重い。 「今、世界の人に言いたい。核兵器は絶対悪です。核兵器を持っているからといって平和じゃない。核兵器を使おうとする人たちがいるわけだから。持っていれば使いたくなるのだから、それは絶対だめです」 終戦記念日のあるTVの情報番組で「きょうはなんの日か知っていますか」の若者への問に、「お盆かな」「原爆の日かな」「分からない」など信じられない回答が多く唖然とした。こんなひとびとが、国会議員選挙で、立候補者がいかなる主張、経歴、政治信念をもっているかなど知らずに、ただ、元気そう、いいことやってくれそう、カッコいいからなどとミーハー的に投票するかもしれないことを思うと空恐ろしい気がする。その結果、国民の声などまったく斟酌せず、自分の主義主張で先祖返りするような、何事も閣議決定で事を進めようとされては堪らない。 国内で、現政権に変わってから、非核三原則の見直し、憲法九条の再考、武器輸出解禁など戦後国是とされてきたことが、なし崩しになりかねない動きをみせ、国会で多数をもっているということだけで、国民の多数の意思に反する謂わば、戦前にもどりかねない動きを見せている。 ・憲法九条について 米国のイラン攻撃開始の時、米ホワイトハウスでの3月19日の日米首脳会談で、米国によるイラン攻撃に端を発する、ホルムズ海峡の「航行の安全」の問題に話が及び、トランプ大統領は、「我々が必要とすれば、日本は味方してくれる」と語ったという。自衛隊がホルムズ海峡に出動するよう望むということだ。これが実行されなかったのは、憲法9条の縛りがあるのは日本にとって大きな「宝」であろう。トランプ氏にはできない事例を挙げて不機嫌にさせるのではなく、『日本には憲法の制約もあるが、法律の範囲内でできることをやります』としたことが功を奏したとされるが、トランプ氏は4月以降、「日本は助けてくれなかった」と不満を漏らしているという。 安倍内閣は閣議決定で、密接な関係にある国が攻撃されたら一緒に戦えるように「集団的自衛権」を行使できるようにした。だが、自民と連立を組んでいた公明党代表だった山口那津男・常任顧問氏は「日本周辺で米軍が攻撃されれば、日本が攻撃されるに等しい事態になりうるのは理解できた。ただ、ホルムズ海峡の封鎖で日本経済が大変だから自衛隊を中東に出せるとなると、日本が世界中で武力を行使できることになりかねない」と証言している。 安倍内閣の閣議決定は、ハルペリン文章にあった「沖縄への核の報復もほぼ確実に発生するだろう。その結果を受け入れなければならない」と重なって見える。米国への諂いで日本国民である自衛隊員の命を軽んじることは断じて許されない。 ・非核三原則について 非核三原則(1967年の佐藤栄作首相の国会答弁が原点)は核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」とする国是である。しかし、高市首相は2024年の編著書で、「持ち込ませず」について、日本が米国の核を含む戦力で守られている「拡大抑止」の観点から、「現実的ではない」と疑問を呈していた。 また、小泉防衛大臣は昨年12月、非核三原則の見直しについて、「国民の命と平和な暮らしを守り抜くために何が必要か、あらゆる選択肢を排除せずに議論する必要はある」として非核三原則を見直す布石と思わせる発言をしている。 一方で、高市政権の非核三原則改定発言に対し、非核三原則に対する地方議会の意見書が、政権が誕生した昨年10月21日から今年7月28日の間に、少なくとも36都道府県の128議会が提出されている。一方で唯一の被爆国でありながら「核兵器禁止条約への署名・批准」されてない理由が分からない。大国への忖度としか考えられないが。 政権は非核三原則の「持ち込ませず」を考えているらしいが、米軍の核を日本国内に持ち込めば、他国から核が置かれている場所を攻撃することになることは明白である。 これも「ハルペリンン文書の警告」にあった長崎で被爆した渡辺千恵子さんの「米軍が日本の基地から核を持って攻撃するということは、日本が核武装するいうことに等しく、日本は被爆国から加害国になることだ。自らが被爆者である私は断じて許せないことだと思う」と通じるものがある。 村山内閣の「不戦決議」の際、国会で強硬な反対派の一人だった高市氏は当時、新進党の若手衆院議員で、決議に先立つ同年3月16日、外務委員会で「不戦決議」を取り上げ、「少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」と述べた。「歴史に学ばぬ」姿勢は国会議員として、まったく不適と言わざるを得ない。過去の日本が犯した行為を「自分には関係ない」と公言する人物が一国の代表者とは・・・・・。 それが、終戦の日の追悼式で戦争の当事者でなかった高市氏は「戦争の惨禍を、二度と繰り返させない。この決然たる誓いを世代を超えて継承し、貫いてまいります」とぬけぬけと語り、当事者でなかったから「反省」や「不戦に対する誓い」という言葉は使わなかったのか。 これらのほか、NHKの「戦後80年ヒナタの記憶」で起こったと同様のことが現代も起こっていたことを知った。太平洋戦争で米軍が宮崎県の新田原(にゅーたばる)基地近くの寒村を爆撃し多数の死者を出した悲劇である。これは、軍に全く関係ない単に基地に近かったために攻撃を受けた記録である。原因は、古いデータを使ったための誤爆で村民になんら爆撃を受ける理由はなかった。 これと同じことが、米軍の、ことし2月にあった理由なきイラン攻撃で小学校への誤爆で120人の罪なき子供たちの命が奪われた。天候悪化のためと伝えられているが、誤爆といえど陳謝があっても然るべきである。米軍は愚かな殺人を繰り返している。 沢山の戦争記録を毎年見て思うことは、戦争はひとびとを不幸にするだけであるということ。核兵器は絶対悪であることである。現代は一国主義が蔓延り、国際法を無視し、自国のためだけに無法な攻撃が他国に対して行われている。イスラエルによるガザ攻撃、ロシアによるウクライナ攻撃、米国によるイラン攻撃。いずれも一方的な攻撃であり、国際法で許されざる行為である。米国はイランの核保有を阻止するための攻撃というが、核爆弾を数千発も有している米国にそれを阻止する資格などない。核保有の意図を非難するなら自国の核をゼロにしてからすべきであることは自明のことだろう。 国際法を守るため、米国などから制裁対象指定されている赤根智子ICC所長に対し、断固たる抗議ができず、それを批判されれば言い訳としか思えぬ言葉をはいている首相を擁している日本国は悲しい。いつまで米国に従属しているのか。国家関係を大事にすることは分かるが、孤立無援になっている個人を守るのが首相の責務ではないか。 このような首相を選んだ国民にも大いなる責任があると思えてならない。 防空壕で焼夷弾の怖さをかすかに記憶している戦中派の私は、ことしも戦争記録に大いなる時間を割いた。それが、戦火に散った人々への弔いと思ってのことである。 ことしは、ますます「戦争が廊下の奥に立つてゐた」が真実味を感じてきている。そうさせないための絶え間ない世論の声が強く求められている。 |
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