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二子山附近


               
二子山古墳 二子山古墳からの遠望。建物が多く汽車を見ることはできない
二子山附近の二子山とは、二子山古墳(天川二子山古墳)のことで、群馬県立文書館の東にあり、古墳全体が公園になっている。二子山古墳は、6世紀後半の築造と推定されており、全長104m、後円部径72mの前方後円墳で、墳丘は二段に築かれ、横穴式石室と考えられている。表面には、葺石があり、周堀がめぐらされていた様子もうかがえる。 当時は両毛線を走る汽車が遠望できたようだが、現在は住宅地になりそれは望めない。
朔太郎の時代に天川原に校舎があれば、頻繁にここに来て思索に耽ったであろう事は想像に難くない。

53歳に刊行された「宿命」の中の「物みなは歳日と共に亡び行く  わが故郷に歸れる日、ひそかに祕めて歌へるうた」によると
   「たちまち遠景を汽車の走りて
    我れの心境は動騷せり。」
と歌つた二子山の附近には、移轉した中學校が新しく建ち、昔の侘しい面影もなく、景象が全く一新した。かつては
蒲公英たんぽぽの莖を噛みながら、ひとり物思ひに耽つて徘徊した野川の畔に、今も尚白いすみれが咲くだらうか。そして古き日の娘たちが、今でも尚故郷の家に居るだらうか。

二子山附近
われの悔恨は酢えたり
さびしく
蒲公英たんぽぽの莖を噛まんや。
ひとり畝道をあるき
つかれて野中の丘に坐すれば
なにごとの眺望かゆいて消えざるなし。
たちまち遠景を汽車のはしりて
われの心境は動擾せり。

           
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