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平井晩村


            落葉
落葉掻くまで大人びし
いたいけな子に母はなく
父は庄屋へ米搗きに
留守は隣へことつけて
連もなければ只ひとり
裏の林で日を暮らす

(1915年「野葡萄」より) 
前橋公園北にある臨江閣の門の手前を南に入ると東屋があり、
その前にある。碑面の「りすの銅版」は友人平福百穂の作である。
1931年9月13回忌に設置。1956年現在地へ移転
    
母無くも父はありけり父死なば
   誰たよるらん撫子の花
やがて死ぬ父とも知らで日記つけて
   褒められに来る兄よ弟よ
前橋子ども公園 文学の小道の歌碑
1975年11月設置
  

平井晩村(1884−1919)は小説家・詩人。市内本町二丁目の酒造業の家に生まれた。本名駒次郎。前橋中学校中退後上京。早大高師部国漢科卒業。報知新聞記者時代に『明治三大探偵実話』『風雲回顧録』などを書き文筆生活に入る。「少年倶楽部」「日本少年」などに少年小説を寄せ「武侠世界」「面白倶楽部」などに歴史小説を発表した。また民謡詩人としても知られ、大正6年に叶九隻と白瓶社を創立。俳句・民謡の雑誌『ハクヘイ』を創刊。『野葡萄』『麦笛』などの詩集がある。1917年(大正6年)、愛妻の死とともに幼子三人を抱えて前橋に帰郷。結核と闘いながらも生計のために原稿を書き、大正8年35歳という若さで亡くなった。母校である前橋高校校歌は晩翠の作詞である。
  「落葉」は晩村の没年の4年前に刊行された。生きていくために母のない子どもを日がな一日子どもだけで過ごさせなければならない。その姿に慈愛の想いが伝わってくる、悲しくも哀れな詩である。

           
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