日々の抄

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  チェルノブイリ忘れまじ

2007年03月17日(土)

 北陸電力志賀(しか)原子力発電所1号機で、1999年6月18日、定期検査のために停止していた原子炉から突然、出力を制御するため下方から炉心に挿入していた「制御棒」89本のうち3本が外れ、原子炉が再稼働状態に入る臨界事故が起きていたことが、15日判明した。原子力安全・保安院からの指示で行われた「不適切な取り扱いなどはないか」などの社員アンケートが行われ、1999年6月の事故発生当時に同原発で働いていた1人の社員による「臨界事故を隠しているようだ」の指摘から発覚したという。原子炉は緊急停止せず、この状態は15分続いたが、北陸電力は当時十分な原因調査を行わなかったうえ、記録を残さず国にも報告していなかった。経産省は、原子炉等規制法に基づく報告義務違反にあたる可能性ありとして1号機の運転停止を命じた。

 臨界状態の原子炉が制御不能となる事態は、ミスの連鎖で起きた。同社によると同機は当時、定期検査に合わせて原子炉の停止機能を強化。事故があった99年6月18日は、その性能を確かめるため、制御棒の挿入試験を準備していた。
 炉の上ぶたを開け、89本ある制御棒を炉の下から挿入して出力を止め、作業員が制御棒を上下させる駆動装置の弁を次々と閉める作業をしていた。駆動装置の別の場所で漏水があり、その水圧で制御棒3本が自動的に引き抜かれた。核反応が始まり、部分的に臨界状態となった。さらに、日立製作所がまとめた試験手順書には誤記があり、漏水を逃がす安全弁が働かない設定になっていたことや、制御弁を閉める順番のミスも続いた。制御棒は原子炉の下方から挿入するタイプで、制御棒が入らない場合、核分裂反応を終息させる働きのあるホウ酸水を炉心に注入するはずが、注入していなかった。想定外の臨界で警報が鳴ったが、制御棒を緊急挿入する別の安全装置も働かず、中央制御室で警報を知った当直長が、放送で手動操作を指示し約15分後、制御棒は元の状態に戻った。発電所長ら幹部が協議して事実を運転日誌にも残さず、原子炉内の中性子モニターの記録を改ざんして事故ではないように見せかけ、国などへも報告しないことを決めたという。

 問題のあった志賀原子力発電所1号機は平成5年7月営業運転開始、定格電気出力54万kW、原子炉は沸騰水型軽水炉で定格熱出力 159万3000kW、燃料は低濃縮二酸化ウラン、燃料集合体368体である(北陸電力HPによる)。同HP(平成19年3月15日)によると、「志賀原子力発電所1号機 第5回定期検査期間中に発生した原子炉緊急停止について」として事故の概要として
 『平成11年6月18日:制御棒1本の急速挿入試験を行うため、他の制御棒が動作しないよう、残り88本の制御棒駆動機構の弁を、順次閉止する作業を開始。同日午前2時17分:制御棒3本が全挿入位置から引き抜け始める。制御棒が引き抜けた原因は、誤った手順により制御棒駆動機構の弁を操作したため、制御棒駆動水系の圧力が過大となり、制御棒が動き始めたものと推定される。同日午前2時18分:原子炉が臨界状態となり、出力が上昇し原子炉自動停止信号が発生したが、試験のために挿入ラインの弁が閉となっていたこと及び水圧制御ユニットアキュムレータ(原子炉緊急停止信号より制御棒を所定時間内に緊急挿入させるのに必要な駆動圧力、水量を与えるための容器であり、1号機では制御棒1本毎に1基設置されている)の充填圧力がなかったことから、制御棒の引き抜きは止まったが、緊急挿入されなかった。同日午前2時33分: このため、作業のため閉めた弁を戻すことにより、原子炉自動停止信号発信の約15分後、制御棒が全挿入となり事態が収束。外部への放射能、放射線の影響はなかった』としている。
  また同HPに『本日(3月16日)午前1時36分に発電を停止し、午前6時27分に原子炉を停止いたしました。なお、外部への放射能の影響はありません。』とあるが、外部とはどの範囲で、どのような放射線量が測定されたのか。それを外部の専門家が確認しているのか。これだけの偽装と偽報告をしている企業が発表している内容を直ちに信用することはできない。

 臨界事故は、過去において、1945年頃から1999年までの間に、世界で60件の臨界事故が発生しており、その内訳は原子炉や臨界実験装置において38件、核燃料物質取扱施設において22件であり21名(14件)がこれらの臨界事故に関連して死亡している。
 今回の危機的状況は、試験運転時であったこと、制御棒の操作に誤りがあったこと、人為的ミスがあったことなどで、チェルノブイリ原子力発電所4号機での事故に類似点がある。沸騰水型軽水炉という点も同じである。チェルノブイリ事故の概要は次の通り。
  『1986年4月25日に保守のため原子炉の停止。外部電源が切れた場合、タービン発電機の回転慣性エネルギーを利用してどれだけ主循環ポンプと非常用炉心冷却系の一部を構成する給水ポンプに電源を供給する能力を調べる試験を実施しようとした。深夜1時6分に出力低下を開始。定格熱出力が半分の160万kWまで下った段階で2台あったタービン発電機を送電線から切り離し14時00分にECCSを多重の循環ループから切り離した。試験開始の予定出力にもっていくのに高出力領域での制御方式から低出力領域の制御方式に切り替える手順で目標値の設定を忘れるというミスがあって、原子炉熱出力が3万kWまで低下。このため、予定の70万kW以上に戻すため、制御棒をさらに引き抜いた。しかし炉内に蓄積されたキセノンにより中性子が吸収された。タービン発電機を、送電線から切り離し原子炉出力を20万kWに戻し出力は安定。このあと、各ループの予備ポンプを投入して試験に備えた結果、炉心での冷却材流量の増加が蒸気ボイド(炉心に発生する冷却材の蒸気の気泡)の減少につながり、気水分離器の水位および冷却回路の圧力が不安定となった。そこで、気水分離器の水位と圧力に関する原子炉保護信号をバイパスして効かなくした。試験がうまくいかなかったときに繰返して試験が可能なよう、タービン2台が止ったときに原子炉が自動停止する安全保護信号をバイパスし無効化した。この後タービン発電機への蒸気を止めて4台の主循環ポンプのコーストダウンを開始し、試験を始めた結果、8台のポンプの内4台が回転数を落し始め、流量低下とともに炉心ボイドの増加を招き、正の反応度フィードバック特性によって原子炉の出力が上り始めたため原子炉の緊急停止ボタンを押したが、出力は上昇し続けて、事故となった。
  出力暴走の結果、2回の爆発音が約2〜3秒の間隔をおいて聞かれた。1度目は、燃料が溶融飛散して圧力管に当るとともに冷却材の水に接触して水蒸気爆発を起し、2度目の爆発音はジルコニウム−水反応でできた水素と空気の混合気体の爆発によるものとされている。事故によって原子炉および原子炉建屋が破壊され、次いで高温の黒鉛の飛散により火災が発生。火災は鎮火され、引続き除染作業と原子炉部分をコンクリートで閉じ込める作業が実施された。運転員と消火作業に当った消防隊員に放射線被ばくによって計31名が死亡し、発電所の周囲30kmの住民等、約13万5千人が避難し移住させられた。』(原子力百科事典ATOMICAによる)

 今回の事故の発覚は、原子力が安全だと漠然と信じていた国民を裏切る、許されざる背信行為である。たった一人の良心的な社員の告発がなければ事が発覚しなかった可能性があったことも驚きであり怒りさえ覚える。また「バレなければいい」という企業の独善が見えすぎている。状況によっては多数の死傷者を出し、日本列島全体に生命、健康の危機を与えたかもしれないにも関わらず、関係者の発言に危機感は感じられない。社長の「作業は夜中の2時とか3時だったので、『誰も見ていない』という思いもあったのか、発電所の中で処理して、上には黙っておこうというのもあったと思う」などと他人事のような発言は信じられない。 

 そもそも、原子力事故の恐ろしさと国民の安全を考えない関係者は、原子力に関わる資格を持っているとは思えない。事故の発覚を現場だけの判断だけでやったとしているが、俄には信じがたい。チェルノブイリ原発事故と同等の事故が起こったかもしれない事態が起こったことに対する企業経営者は重大な管理責任を負うべきである。また、現場の技術者にはプロとしての誇りはないのか。

  当分の間、「原子力は安全です」は封印しなければならないだろう。関係官庁は国民の安全を守るために、こうした偽装を許さない徹底した点検・指導とともに容易に騙されない専門性を持っていてほしいものだ。原子力発電所に対する監督は甘すぎる。

 他国からの核攻撃より自国内の核を心配した方が現実的かもしれない。

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