日々の抄

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  誰に謝罪するのか

2007年05月26日(土)

 タレントの上原さくらが交通違反で摘発されていたことが報じられた。無免許でスピード違反だった。上原は所属事務所を通してマスコミ各社に謝罪コメントを寄せている。
 直筆のコメントは、「このたびの私の交通違反に関して、深く反省しています。また、多くの方にご迷惑とご心配をおかけいたしましたこと、深くお詫びいたします。本当にすみませんでした」と反省の言葉を述べている。
 免許更新を忘れていたというが、言い訳にはなるまい。TVにも出演している上原が誰に対して謝罪しているのだろうか。コメントにあるような「迷惑」は事務所関係者に対してなのか。「心配」はファンに対してなのか。上原のファンでも事務所関係者でもない者にとっては、なぜマスコミを通して、道路交通法違反に対する反省の気持ちを表すために謝罪コメントを出す必要があるのか疑問だ。また、これをマスコミが報道するほどのこととは思えない。自分のブログ、ウエブページなどで意志表示すればいいだけのことではないか。しばらく前に未成年の女性タレントが温泉へお泊まりデートをして喫煙している様を週刊誌にパパラッチされて引退したことを思い出した。事務所の対応の結果なのか、それ以前の行いが関係しているのか。立場を失する者あり、時間経過をじっと待つ者ありなのか。いずれにせよ上原の謝罪コメントは誰に出されたのか分からない。

 もうひとつの謝罪について。
 4月の首相の訪米時にいわゆる慰安婦問題についてブッシュ大統領に対して「慰安婦の方々にとって非常に困難な状況の中、辛酸をなめられたことに対し、人間として首相として心から同情している。そういう状況に置かれたことに申し訳ない思いだ」と謝罪。「20世紀は人権侵害の多い世紀であり、日本も無関係ではなかった。21世紀が人権侵害のない、より良い世紀になるよう日本としても大きな貢献をしたい」とも述べた。これに対してブッシュ大統領は「首相の謝罪を受け入れる。大変思いやりのある率直な声明だ。過去からの教訓を得て国を導くのがわれわれの仕事だ」と応じ、理解を示したという。
 この報道を聞いてすぐに疑問に思ったのは、なぜ関係していた当人でなく、米国大統領に謝罪の言葉を述べるのかということだった。米国議会でいわゆる慰安婦問題で日本に謝罪要求決議がなされそうになっており、同時に首相が3月1日に、1993年の河野洋平官房長官談話に述べられている内容(下注)について、「当初定義されていた強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実だ」と述べ、旧日本軍が従軍慰安婦を強制的に集めて管理した証拠はないとの認識を示し、談話見直しの必要性に関しては「定義が大きく変わったことを前提に考えなければならない」と否定しなかったことに対する反発が無視できなくなってきたことが大きな理由のようである。
 3月5日には一転して、河野官房長官談話を受け継ぐ姿勢を改めて示したが、米下院の公式謝罪を求める決議案採択については、「決議案には事実誤認がある。決議があったからといって、我々が謝罪するということはない」と述べていた。
 首相は訪米前にCNNのインタビューを夫人を伴って受けている。夫人の力を借りて事態の沈静化を図ろうという意図は見え透いているが、「あなたのご主人は強制連行は無かったと言っている」との質問に対し「あなた、そんなこと言っているの?」と夫人は首相に聞いて見せるという呆れた茶番はみっともない。世界中から注目されている問題について、夫人が知らないフリをする芝居は印象を悪くするだけである。
 首相の米国大統領に対する謝罪に対し、近隣諸国から「なぜ慰安婦問題の謝罪を、被害者でもないアメリカに謝るのか」との抗議があった。また米国の日本問題専門家は「ブラックユーモアだ。大統領は慰安婦ではない」と酷評、大統領や一握りの知日派以外は誰も納得していないとの見方を示している。
 首相が米国との友好関係を考え、米国内の非難を回避するためとはいえ、米国大統領に謝罪するのはお門違いであり、大統領が「首相の謝罪を受け入れる。大変思いやりのある率直な声明だ」と言うのも筋違いというものだ。諸外国に対する配慮を考えるなら、はじめから「狭義の強制はなかった」などとすべきではなかったのではないか。筋を通すなら、米国下院でどのような決議がなされようとも「歴史的根拠」を示して反論すべきである。また大統領に対して謝罪の意思表示などすべきではない。だが、一方で東京裁判のオランダ、フランス、中国などが提出した資料に旧日本軍が強制していたことを示す資料が明らかになっていることをどのように説明するのか。東京裁判は一方的なものだからなどと言いはじめて歴史のページを逆にめくるようなことをすれば、国際的な信頼を失うことは自明だろう。首相が改めて所謂慰安婦といわれる人々に話しかける謝罪を表明するなら、日本への印象が好意的になることは見えている。
謝罪する場合、相手が誰であるのか明確にするべし、である。

(注)『慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。』

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