日々の抄

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  おにぎり食べたい

2007年07月15日(日)

 北九州市小倉北区の独り暮らしの男性(52)が自宅で亡くなり、死後約1カ月たったとみられる状態で7月10日に発見された。男性は昨年末から一時、生活保護を受けていたが、4月に「受給廃止」となっていた。市によると、福祉事務所の勧めで男性が「働きます」と受給の辞退届を出した。だが、男性が残していた日記には、そうした対応への不満がつづられ、6月上旬の日付で「おにぎり食べたい」などと空腹や窮状を訴える言葉も残されていたという。
 市によると、男性は昨年十月までタクシー運転手として働いていたが、糖尿病やアルコール性肝障害のため仕事を辞め、昨年12月に福祉事務所に生活保護を申請。自宅は電気、水道も止められており福祉事務所は昨年12月26日から生活保護の支給を開始していた。だが、今年に入り福祉事務所は、「(この男性の病気を診察した医者が)軽就労は可能との診断を下した」として、男性に就労を指導。男性は「自立して頑張ります」と話して辞退届を提出。同10日付で受給が打ち切られた。同市の保護課長は「対応は適切。亡くなったのは残念だが、保護を打ち切った後のことで、市の保護行政とは直接関係はない」としている。
 ところが、男性は生活保護打ち切り後も仕事に就けず自宅で死亡。死後一カ月が経過したとみられる状態で発見された。男性はその後働いていない様子で、1カ月ほど前に男性に会った周辺の住民によると、男性はやせ細って、「肝硬変になり、内臓にも潰瘍が見つかってつらい」「体が疲れやすく、働けない。首をくくるしかないかも」と寂しそうに笑っていたという。

 同市門司区で2006年5月、今回と同様のことが起こっていた。生活保護を求めた男性(当時56歳)が孤独死しているのが発見された。男性が保護を求めた2005年9月の健康状態について、担当した同区生活支援課の女性保健師が10日、検証委員会の聴取に対し、「健康状態に問題があると上司に報告した」と証言した。だが、同課は当時、「問題ない」と判断し、男性は保護を受けられなかった。市は「事実関係を調査したい」としている。保健師は「男性は栄養失調気味で不整脈があった」と述べているが、男性の死亡が発覚した2006年5月23日付で同課が作成した報告書には「やせて栄養不足の状態だが、親族と交流があり、身体的問題がある状態ではないと判断した」と記載。同課は厚生労働省にも同様の報告を行った。保健師は「なぜ食い違いが生じたのか分からない」としている。また、同市八幡東区でも2005年1月、介護保険の要介護認定を受けていた独り暮らしの男性(当時68歳)が生活保護を認められずに孤独死していた。

 今回の男性の死亡についていくつかの疑問が残る。男性の「自立して頑張ります」という言葉が、真意にもとづくものだったとしてとしても、男性のその後の生活の見通しについて、福祉事務所は十分な調査をしていたのか。生活保護受給を辞退した後、男性が自立しているか否かを点検していさえすれば悲劇は起こらずに済んだのではないか。また、男性の日記になぜ「働けないのに働けといわれた」などの不満が記されているのか。今後の第三者による検証が望まれる。
 市が、適正な判断だったと言い張っても、男性が死亡したことは事実である。帳面づらが合っていさえすればそれでいいと考えているなら、市の行ってきたことは、「生きている人間」を相手にしているとは到底思えない。

今回の報道を聞いて、以前NHK「現代の映像」で報道された同様の話を思い出した。『大阪の生活保護を受けていた家庭で冷蔵庫を買った。世間の目は冷たい。保護家庭に冷蔵庫が入った、と近所で評判になった。「あの家は贅沢をしている」。その噂が役所に伝わり、生活保護を打ち切られた。世間の冷たい目の故に、母子は生命を断たざるを得なかった』という内容だった。(拙HP 「わが青春の抄」■ひとつの言葉によって 1966/3/4)

 飽食、拝金主義のはびこる中で、責任が問われることのない税金の無駄遣いが伝えられる昨今、朽ちかけた家屋でひっそりと「おにぎり食べたい」と思いながら絶命していった男性の無念は計り知れない。たった一つのささやかな助けを求めている命さえ救えないほど今の日本は貧しいのだろうか。今の日本は心豊かな国とはいえまい。「国民のための政治を行います」などと参院選の選挙カーで叫んでいる声が聞こえてくるが、白々しい気持ちになって仕方ない。本当に困っている人を救っていくのが行政の責務ではないのか。死亡した男性は餓死するために生まれてきたのではない。もし、彼の両親が息子の死を知ることがあったらどれほど悲しむだろう。
 「弱い者を救う」ことは人間にしかできない行為ではないか。ちょっとした近隣への心配り、助力がひとつの命を救うことにつながることを忘れてはなるまい。

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