日々の抄

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  命の重さを差別されるのか

2007年12月15日(土)

  「命の重さを差別されるのか」。薬害C型肝炎訴訟の大阪高裁の和解案に対する患者らの悲痛な叫びだった。予想通り和解を拒んだ。大阪高裁の和解案は,肝炎ウイルスに汚染された血液製剤の投与時期によって、救済する患者の範囲を限定する。つまり,原告・弁護団などによると、和解骨子案は、3月の東京地裁判決が国や製薬会社の責任を認めた範囲を補償対象とし、血液製剤「フィブリノゲン」は1985年8月〜88年6月、第9因子製剤は84年1月以降の投与患者に当たるが,これによると、約200人の原告のうち、3分の1は和解金の対象から外れることになるが,別の名目で一定の金額(肝硬変・肝がんの人には4000万円、慢性肝炎には2000万円、未発症者には1200万円)を払うことにしているという。一番の問題は、今後提訴する患者も投与時期が限定され,それ以外は救済の対象にならないことになる。範囲外の人でも、和解成立までに提訴した場合は「訴訟遂行費」(一括して8億円)を被告側が支払うが、範囲外の未提訴者は、この対象とならない。投薬の時期によって保証される内容が変わったり,保証されないことが起こることを考えれば,和解案を了解することはできまい。

 血液製剤フィブリノゲンによるC型肝炎問題の経過について時系列に並べてみると以下の通りである。
1964年:旧厚生省がミドリ十字の血液製剤フィブリノゲンを製造承認
1977年:アメリカで肝炎の危険などを理由にフィブリノゲンの承認取り消し
1987年:青森でフィブリノゲンによる肝炎集団感染が発覚。旧厚生省が調査,旧ミドリ十字がフィブリノケンを自主回収
1988年:旧ミドリ十字が旧厚生省の指示を受け医療機関にフィブリノゲンの返品を要請
2002年:薬害肝炎患者らが国や製薬企業に賠償を求め提訴(大阪,福岡,東京,名古屋,仙台)

  ウイルスに汚染された血液製剤を投与されて感染した人は1万人以上いると推定されているが,血液製剤が投与されたことを証明するにはカルテなどの証拠が必要とされている。法的にカルテの保存期間は5年間というから、どのくらいの人たちが訴訟を起こせるかわからない。カルテ廃棄は患者のせいではないのに、患者の大半は放置されている現状を裁判所はどのように考えたのだろうか。

 各地裁で下された,国,製薬会社の法的責任期間は異なる。大阪(87.4−,85.8−),福岡(80.11-,80.11-),東京(87.4−,85.8−88.6),名古屋(1976.4−,1976.4−),仙台(責任なし,87.4−88.2−)<数値は国,製薬会社の順である>。国の責任は仙台以外の四地裁、製薬会社の責任が全地裁で認められていることになる。

 薬害C型肝炎訴訟について大いなる疑問がある。
1.1977年米国でフィブリノゲンの承認取り消しが行われた時点で,行政は調査をして早急な使用中止がなぜなされなかったのか。このことについての詳細な報道がなされていないのはなぜか。

2.1987年青森でフィブリノゲンによる肝炎集団感染が発覚した時点で,旧ミドリ十字がフィブリノケンを「自主」回収としているが,国による早急な強制的な回収が必要だったのではないか。これは1988年に旧ミドリ十字が医療機関にフィブリノゲンの返品を要請するまで続けられていたことにつながる。青森で明らかになった集団感染を行政が真剣に対応し,回収していれば多くの人々が救われ,命を脅かされることはなかったのではないか。最も利益の上がるとされる薬剤を営利企業が息を切らすほど急いで回収していたか大いに疑問である。1991年に投与された例(12月5日実名で提訴した加地智子さん)もあり,和解案の限定された期間には大いに疑問であり,合理性に欠ける。司法,国はこれに対してどのように答えるのか聞きたい。
 そもそも,C型肝炎に感染した可能性がある患者リストが,当初は「記録がない」とされていて,厚労省の地下倉庫に放置された状態で発見(発掘かもしれない)されている。2002年の患者リスト作成時に関係した厚労省職員約40人に事情を聴取した結果、患者に投与の事実などを告知すべきだと考えた職員は一人もいなかったという。当時はC型肝炎がいかなる病かは国民の健康・医療に関わる厚労省の役人が知らないはずはない。関係した行政担当者の怠慢,事の重大さへの無知が引き起こした結果といえる。肝炎に罹っているかもしれない患者に告知することにより,治療,対処する機会が与えられたのではないか。それまでに理由も分からぬ体の変調に悩み,自らを責め続けていた人もいたと聞く。理由も分からず命を失った人もいるという。
 こうした職務怠慢に対し,「職員の責任は問えない」とした最終報告書を厚労省の調査プロジェクトチームが11月22日に発表している。調査の方法が間違っている。身内の落ち度を暴くことなどできまい。命が失われている事への反省が全く感じられない。厚労省の薬事担当者は事の重大さが全く分かってないのではないか。このまとめを受け、民主党の菅直人代表代行が12月5日、厚労省で舛添厚労相と会談し,「厚労省は速やかに患者の実態調査を行い、改めて最終報告書を出し直し、国の責任を明確にすべきだ」とする要請書を手渡している。保身に走り,国民の命を危うくしていることに値する申し訳なさはまったく伝わってこない所業である。

3.感染の疑いがある患者リスト418人の病状や死因の追跡調査にあたる検討会メンバー5人のうち2人が、製剤の製造販売元・旧三菱ウェルファーマ(田辺三菱製薬)から、講演料などで過去3年間に計約20万円ずつ受け取っていたことが明らかになっている。厚労省は「規定上問題なく、調査への影響もない」としている。タミフルの場合も同様のことがあったが,専門家は他にいないはずはない。厚労省は「李下に冠を正さず」という諺を知らないのか。いくら,調査へ影響がないと言い張っても,疑いを持たれても致し方あるまい。公正を期するつもりが厚労省に少しでもあるなら人選を変えて然るべきである。国民に信頼されているなどと思い違いしないことだ。

4.なぜ,法的責任期間を限定し一括の和解ができないのか。和解骨子案には,所見・説明書に重要な一文が記載されていた。すなわち,『当裁判所としても,本件紛争の全体的解決のためには,1審原告らの全員,一律,一括の和解金の要求案は望ましいのではないかと考えております』と記載されており,原告らの主張してきた全員一律救済の理念が望ましいことが明らかにされている。他方で,『1審被告らの格段の譲歩のない限り,和解骨子案として提示しないことにした』とも記載されている。被告である国,製薬会社の抵抗により,和解骨子案に期間限定が盛り込まれたことは許し難い。「相手が納得しそうもないから,納得しそうな提案をした」ということか。C型肝炎に罹った被害者が全員救われるために残された方法は,首相の「政治的判断」だという。司法の独立性はどこにいったのか。日本は三権分立の国家ではないのか。時の行政の長たる首相の胸内三寸で被害者の人生のかかったこれからが左右されていいものなのか。自らの属する政党の選挙公約を忘れ,年金問題解決時期を「そんなこと言いましたかね」などと語っている人の失地回復の好機と考えられないこともない。

5.血液製剤を患者に直接投与したのは臨床現場にいる医師である。C型肝炎薬害に関して医療現場からの声が聞こえてこないのはなぜか。自らが投与した薬剤によって,肝ガンに至るまでの健康被害や死亡につながる結果になったことをどう思い,感じているのか知りたい。医師は学会誌などを通して最新の医療に関する情報を得ているはずである。その努力を怠っていることがあれば怠慢の一語に尽きる。医師が社会から敬意を払われているのは命を預かっているからではないのか。米国で肝炎の危険などを理由にフィブリノゲンの承認取り消しを受けた時点で,仮に行政が認可していたとしてもフィブリノゲンなどの投与に疑問を持たなかったのか。また,行政の指示を受け医療機関にフィブリノゲンの返品を要請された後に至っても投与し続けた医師がいたはずである。行政と製薬会社のみならず現場の医師の責任は問われなくていいものなのか。医療現場での薬剤に対する主体的判断はいかなるものなのか知りたい。

 C型肝炎訴訟での根本問題は、『薬害』であることだ。責任は国,製薬会社にあり、被害を被っただけの償ないをしなければならない。被害者には一点の落ち度もない。担当大臣の桝添氏は,たびたび原告を「困っている人」と称している。「困っている人」ではなく,「国の怠慢でご迷惑をおかけした人」ではないのか。原告は「国が償うべき被害者」という視点を忘れてはならない。もし,厚労相が「救ってやってる」などと少しでも思っているなら,思い違いも甚だしい。
 「被害者とは会うのは問題が解決したとき」としていた厚労相が11月7日に初めて被害者と面会した。「やっと皆さんとお会いできた。心を1つにしてまとめていきたい」と笑顔で語りかけていたが,原告の表情の硬さから「空気を読めてない」ことへの違和感を否めなかった。厚労相は12月4日、再び原告団と面談し、「長い間苦労をおかけし、亡くなられた方もいる。心からおわびを申し上げます」と初めて謝罪の言葉を述べた。だが,「法的責任を認めたうえでの謝罪かどうか」の記者団の問いに対し、「裁判所の決断がある」と述べ明言を避けている。これが被害者に対する陳謝になるのだろうか。「一応」 謝っておくための言葉という気がしてならない。

 「際限なく対象者が広がる」ことが理由で患者救済が限定されることがあってはならない。金がかかるから,国の過ちをほどほどに償うなどということがあったはならない。財政的裏付けは他の予算を削ってもなすべきである。無駄な天下りをやめ(まずは厚労省から),無駄遣いを減らせば,いかようにもなるのではないか。
 国民の命を国が守らなくてどうするのか。ましてや,薬事行政に瑕疵があったのだから,被害者全員が安心して治療を受けられるようにすることは当然であり,関係者の処分が時間を遡っても行われるべきである。これほどの失策をしておきながら,何のお咎めなしなどということが許されることがあってはならない。

 何ら落ち度のない被害者の健康と生命を脅かした事に対し,C型肝炎薬害被害者全員を一律に救済するのは当然のことである。首相と,厚労相は被害者に対して心からの陳謝をすべきである。かつて,薬害エイズ訴訟被害者の遺影に跪いて頭を垂れた当時の厚労相の姿が忘れられない。

 今までの日本人は「役所」「お上」のやることを信じ,敬意も払ってきた。だが,立身出世と自らの保身,私欲のための努力ばかりし,「命の重さに思いをがおよばない」ような人々が蔓延っている役所も国も信じるわけにいかない。

追記:薬害肝炎訴訟の対象となっている血液製剤「フィブリノゲン」や「クリスマシン」以外の血液製剤2種類から、B型、C型肝炎ウイルスが検出されたことが、北里大学名誉教授の調査で判明している(12月13日報道)。いずれも旧ミドリ十字(現・田辺三菱製薬)製の血液製剤で,貧血用の治療薬「ハプトグロビン」製剤3本(1976年製2本、87年製1本)と神経毒ガスの治療用試薬「コリンエステラーゼ」製剤1本(77年製)を同社から入手・保管し、本年10月に検査。4本すべてからB型ウイルスを検出し、76年製のハプトグロビン1本からC型ウイルスが見つかった。ハプトグロビンは1986年6月に販売が始まり、2006年度の出荷本数は4万1200本。コリンエステラーゼは市販されていないが、医療現場に出回った可能性があるという。厚労省は今年11月、市販の血液製剤を使った患者が、ウイルス感染したかどうかを調査するよう製薬会社7社に指示しているというが,新たな肝炎が発生している可能性があり憂慮される。

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