日々の抄

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  権力にある者は謙遜であれ

2008年03月23日(日)

 2003年鹿児島県議選の選挙違反捜査で,任意で事情聴取していた男性に取調室で「踏み字」を強要したとして,特別公務員暴行陵虐罪に問われた同県警の元警部補に対する判決公判が18日,福岡地裁であり,裁判長は「取り調べの説得としては常軌を逸した違法行為だ」と厳しく指摘し『懲役10カ月執行猶予3年(求刑懲役10カ月)』を言い渡した。

 公選法違反(買収)の罪に問われた同県志布志市の元県議や妻,被買収側の住民ら計12被告の判決で,鹿児島地裁は昨年2月23日,「客観的証拠は全くなく,買収資金の原資も解明されていない」「7世帯しかない山間部の小集落で複数回の買収会合を開き,多額の現金を配って選挙運動をすることの実効性には疑問がある」として,全員に無罪(求刑懲役1年10月−6月)が言い渡されている。その捜査の過程で,被疑者とされていた男性の足首をつかみ,実父の名前や「おまえをこんな人間に育てた覚えはない「早く正直なじいちゃんになって」などとした「踏み字」を強要した。

 特別公務員暴行陵虐罪に問われた被告は罪状認否で『「踏み字」行為を1回させたのは事実で,被害者に不快な思いをさせたことは反省しているが,こうした行為は陵辱・加虐には当たらない』と述べ,無罪を主張した。弁護側は「黙秘を続ける被疑者に自分と向き合ってほしいとの思いからで,自白を強要するつもりではなかった。陵虐には当たらず,適用するなら公務員職権乱用罪だが,時効(3年)が成立しており,免訴すべきだ」と主張していた。

 判決は踏み字の回数に関して,被告の元警部補と被害者それぞれの主張の信用性を疑い,「少なくとも1回」と認定しているが,「1回でも精神的苦痛を与えるには十分」と被害者が受けた苦しみをくみ取り,被告の無罪主張を退けた。被疑者とされた人は判決後,「密室での取り調べだったから,地裁の判断は仕方ない」と受け止めながらも,「取り調べが可視化されていれば真相は明らかになったのに」としている。正当な捜査が行われるため,取調室という密室での取り調べをビデオで記録するなど捜査の可視化の必要性が大いに求められている典型的な例と言えるだろう。

 被疑者とされた人は昨年12月,「公判を担当する検事から『10回も踏まされたと言い続けるのなら,偽証罪で逮捕しなければならない』と主張の変更を迫られた」と述べている。「真実を解明する検事としての責任を放棄しており,偽証教唆の疑いもある」とする弁護士の言葉に検察はどう答えるのか。「踏み字」を強要した被告が「こうした行為は陵辱・加虐には当たらない。自白を強要するつもりではなかった」としていることは信じがたい。自分が被疑者の立場だったらどう感じるかという想像力に欠けおり,自ら行った行為に対して反省しているようには思えない。

 捜査関係者に対し,「警察庁長官表彰」が行われたが,県警は3月4日,警察庁に表彰を返納したという。同時に県警が当時の捜査員4人らに授与した本部長・刑事部長表彰についても,同日付ですべて返納された。捜査に関係者に対する県警処分は,当時の志布志警察署署長に本部長注意,捜査主任に所属長訓戒,「踏み字」を強要した担当警部補に3ヶ月間減給1/10だったという。取り調べを受けた被疑者とされた人の,『5年前のあの密室での取り調べの光景を今でも寝入る時や夢の中で時々思い出すこともある』という言葉を警察,検察関係者はどう受け止めるのだろうか。警察内の身内擁護が見えすぎているように感じられてならない。

 選挙違反事件に無罪が言い渡されているにも関わらず,鳩山法相は2月13日,検察長官会同の席上で「私は冤罪と呼ぶべきではないと考えている」と発言している。法相による冤罪の定義は「無実の罪で有罪判決を受け,確定した場合」だそうである。冤罪とは「無実の罪」のことではないか。首相が言うように「被害を受けた人の立場に立って考える必要がある」ことは当然であり,法相としての適性を疑う。また,法相のこの発言に対し元被告らの支援団体が発言の真意を明らかにするよう求めた要請書に対し,法務省大臣官房秘書課長名で「申し入れ書は大臣も拝見させていただいた。発言の趣旨は大臣が国会で説明している」「公式の場では冤罪という言葉は一切使わない。志布志の被告の方々が不愉快な思いをされたとすれば,おわびしたい」というものだけだったという。「不愉快な思いをされたとすれば」などという他人事のような反応しかできない法相の発言は看過でない。

 警察による違法捜査は,被告が警察署の留置場(代用監獄)で同房の女性に語ったとされる「犯行告白」だけを根拠に犯人とされた「北九州殺人放火事件」でもあった。「被告の会話内容を聴取する目的で同房にし,捜査情報を得るために同房状態を継続した。黙秘権や供述拒否権への配慮が不足しており,代用監獄を乱用した」として殺人罪については無罪判決が言い渡されている。

 また,2002年富山県氷見市で起こった強姦,強姦未遂事件で犯人とされ約2年間服役したが,真犯人が2006年11月に自供した『冤罪』が発覚している。この事件は,捜査当時から足跡が男性と一致しないことを県警が認識しているのみならず,電話の通話記録から男性のアリバイは成立していた等の事が判明しており,典型的な「でっち上げ」であった。しかし同事件の関係者の処分は行われなかったというが,信じがたい。

 最高検は同事件に関し,全国8高検と50地検の次席検事に対し「自白などの供述証拠に安易に頼ることなく,基本に忠実に検察権を行使するように」「無辜(むこ=罪のないこと)の者を早期に刑事手続きから解放することも,検察官の重要な使命」「消極証拠(容疑者側に有利な証拠)を含む全体を十分吟味し,特に犯人か否かにつき,あらゆる角度から綿密,冷静な検討を遂げて事件の適正な処理に努めることが肝要」とした通達を出しているが,国民を守るべき警察,検察のこうした,嘗ての「特高」を思わせるような「国民に不信を抱かせる行為」が続く限り,来るべき「裁判員制度」に大きな問題を残して言えるのではないか。

 客観的な根拠なくして「早く成果をあげよう」とする強引な捜査手法が国民に不信感を持たせている。権力にある者は慎重冷静かつ謙遜にあってほしい。思いこみや強引な捜査で,ひとりの人間の人生を狂わせることに通じていることを自戒すべきである。

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