後期の後は何と呼ぶのか |
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2008年04月26日(土) 4月20日、山形市で87歳の母親と58歳の息子が無理心中したと報じられた。 近くの住民によると、息子は介護が必要だった母親の入院について悩んでおり、心中した翌21日に山形市内の病院で後期高齢者医療制度について話を聞く予定だったという。「母親の年金から保険料が天引きになって生活が大変」などと相談していたことが22日分かった。山形市などによると、年金から天引きされる医療保険料は、一般的に年収が153万円以下の場合、年間3万7300円となる。しかし、制度の一部が凍結されており、2008年度は9月末までの半年間が無料で、10月からの半年間は1800円。09年度は5割の1万8650円を、10年度からは全額へと段階的に引き上げられる。母親に支払われていた年金額は153万円以下だが、家族の大きな収入源だったとみられる。 「歯の悪い母親は、息子がおかゆを作ってくれるとうれしそうに話していた」というような息子はどんな気持ちで母親に手をかけたのかを考えると、そこまで追い込まれなければならなかった事態に怒りを覚えないわけにいかない。4月からの新制度がはじまることは、2年前から分かっていたことだ。事前に、収入に応じた減免措置があることをなぜ周知徹底できなかったのか。行政が丁寧な仕事をしていれば親子心中が防げたかもしれないのではないか。謝って済む問題ではない。 後期高齢者医療について、厚労省のHPを見ると、「長寿医療制度が始まりました」として次のようなことが書かれている。 『長寿医療制度は、75歳以上の方々に「生活を支える医療」を提供するとともに、長年、社会に貢献してこられた方々の医療費をみんなで支える「長寿を国民皆が喜ぶことができる仕組み」です』『75歳以上と74歳以下で受けられる医療は同じです。加えて、長寿を迎えられた方々が自立した生活を送れるよう、「生活を支える医療」を提供します』『医療給付費の5割に公費を重点的に投入します。現役世代から4割を仕送りし、高齢者の医療費を国民皆で支えます』『高齢者の保険料は、全体で従来と同水準の医療給付費の1割です』『なお、高齢者の方々の保険料は、原則として年金からお支払いいただきます。「銀行で支払う手間をおかけしない」、「行政の余分なコストを省く」ためです』 これを見ると新しい制度がいかにも内容豊かで、老後の医療を安心して受けられるように思えてくるが、本当にそうなのか。 後期高齢者医療・フォーラムでの高齢者医療施行準備室の室長補佐が本年1月、「医療費が際限なく上がり続ける痛みを、後期高齢者自らの感覚で感じ取っていただく」「25日病院に行っていたのを20日にとどめるということができれば」と発言している。後期高齢者医療制度の目的が高齢者医療費の低減化、つまり高齢者が病院にあまりかからないようにするか、病院にかかるならそれなりの費用を支払わせようとするものであることは明白である。この役人の物言いはいかにも傲慢で先輩の高齢者に対し無礼千万で不遜である。「感じ取っていただく」は「わからせてやる」と聞こえないことはない。何日間通院するかを厚労省の役人に決めて貰わなくて結構だ。少額の年金のため、爪に火を点すような生活を強いられ、持病を抱えながらも通院を躊躇している高齢者がどれほどいるか、この役人は知った上での発言なのだろうか。 いくつか気になる点について。 ■ 主治医制度について 主治医制度は結核、糖尿病、高血圧性疾患、心不全、認知症、脂質異常症など75歳以上の慢性疾患患者が対象。診療報酬のうち「検査」「画像診断」「処置」「医学管理等」をまとめて定額月六千円とする仕組みである。患者の自己負担は一割の六百円で済む。厚労省が主治医制度を導入したのは、医師の過剰診療やお年寄りの重複受診を抑制し、財政難の医療保険制度を適正化するのが狙いであるという。だが、定額診療は「報酬点数の頭打ち」になり、それが「粗診粗療」へとつながる懸念から、医療関係者からこの制度に対する反発が起きているのは当然のことである。六千円を超えた分を従前通り、個人負担で治療を受けられるというが、それなら主治医制にどんな意味があるのか。「粗診粗療」への懸念から、茨城、山形県医師会が担当医を拒否、新制度に秋田県、岡山県医師会が反対、京都民医連は後期高齢者診療科算定をしないことを決めている。 ■ 市区町村の対応の遅さ、不備のおそまつさについて 保険証が届かない数があまりに多い。制度が変わった4月当初、各地で新制度の保険証が届かず、患者が10割負担を要求されていた。例えば、所沢市福祉総務課は3月19日に約2万5000通を発送したが、受取人不在などで約600通が戻った。このうち約200通が「転送不要」としたことが原因だった。市の窓口まで取りに来る人や、新制度に関する問い合わせの電話が相次いだことで対応が遅れ、4月3日にようやく約200通を「転送可」として再発送したという。 また、大阪府広域連合では、「郵送後2、3日で数千通が戻ってきた市もあり、本人に届かなかった保険証は府全体で1万通近い」といい、本人に届いていない数すら把握できていない状況という。群馬県内でも1115件あったことが県後期高齢者医療広域連合のまとめでわかった(4月9日時点)。半数以上が、郵送で配達された際の「不在」が原因だったという。10日現在で全国の自治体に返送されたのは約7万5千件。 「転送不要」とは、受取人が転居や入院などで住所を変えた場合でも、「届かなくても構わぬ」と言わんばかりの配達の方法で、「取り敢えず1回は届ける努力をした」というだけだ。保険証を受領できなかった場合、本人が病院にかかった場合に大きな不都合があることなど考えもしない「役人仕事」そのものである。10日には保険証を受け取れなかった数のあまりの多さに、厚労省は、4月中は今までの保険証で同じように受診できるよう各都道府県の保険運営団体を通じて医療機関に通知を出した。当然のことだが遅きに失している。 ■ 徴収ミス、算定ミスが多いことについて 4月15日時点で徴収ミス7502件、算定ミス9691件。北海道、宮城、埼玉、千葉、東京、群馬、山形、長野、神奈川、静岡、愛知、京都、兵庫、鳥取、岡山、広島、福岡、愛媛、高知であった。徴収ミスが最も多いのは東京で2222件、算定ミスが最も多いのが長野県で7200件。これらの大きな原因は、制度の詳細が判明してから半年ほどで、内容の把握、事務手続き準備の不足や厚労省から提供されている「電算処理システム」に多数の不具合が発生し、システムが未完成である、などらしい。 ■ 新制度での天引きができないでいる 天引きを10月に延期した市区町村は31市区町村におよぶ。。苫小牧、手塩町、西興部村、標茶町。さいたま市、川越市、狭山市、入間市、新座市、富士見市。中央区、港区、新宿区、台東区、品川区、など14区、利島村、御蔵島、青ヶ島村、小笠原村。横浜市、東浦町。 4月25日時点での朝日新聞の調査で天引きミスは4万人、2億円という。緩和措置の導入が決まったのは昨年10月末だが、自治体側は「準備期間が短すぎた」「国が作ったシステムが制度に追いついていない」「もう少し早く制度が固まっていれば、データの精査ができた」など国への不満も強い。厚労省は「厳しいスケジュールになった面はある。徴収ミスの実態を早急に把握したい」としているが、厚労省はどれほど新制度を円滑に運営しようとしているか疑わしい。少なくとも報道機関に指摘されなければ実態を把握できないのはおかしい。 ■ 保険料は安くなるのか 厚労省は4月はじめに、従来の国民健康保険と比較し、〈1〉国民年金受給者(月6万6000円の場合)は、2800円が1000円程度に減る〈2〉平均的な厚生年金受給者(月16万7000円の場合)は、7700円が5800円程度に減る、とする調査結果を公表している。だが、厚労相は15日夜、「正確な数字は分からないが、7割とか8割ぐらいになるんじゃないか、という程度を申し上げた」と説明。4月18日、保険料負担が下がる人の割合について、「推計は行っていない」とする答弁書を決定している。担当大臣としてあまりにいい加減で、ずぼらな発言は、年金だけが生活の糧の高齢者の心細さを考えているとは思えない。 実態は、老人医療費が高額な自治体ほど保険料が高くなるという。全国で最も一人あたりの老人医療費が高額な福岡県では1,019,650円で、年金201万円の保険料は85,100円、最も低額の東京都の一人あたりの老人医療費819,834円で、年金201万円の保険料は53,800円である。因みに、10万人あたりの病床数は福岡 1,749、東京1,026である。一人あたりの老人医療費が高いということは、豊かな治療を受けていると考えられる。丁寧な治療がなされている自治体ほど個人の医療負担が増えるということは、十分な医療を受けたければそれなりの負担をしろとうことになるのか。これでは、命の重さが都道府県によって異なることになるのではないか。必要な治療を受けることは全国どこでも同じであることが、国が行っている医療の基本ではないか。 ■ なぜ「後期高齢者」なのか。 「後期高齢者」の名は以前から使われていた用語だそうだが、「あなたは後期高齢者だ」と言われていい気持ちがする人がいるだろうか。むしろ、「もう残りが少ない」と冷たく断定されているように聞こえる。厚労省の役人は、自分ないし自分の親がそう呼ばれたときにどのような気がするか考えたことがあるのだろうか。75歳以上の年齢の人びとは、幼時にひもじい思いを強いられ、戦火をくぐってきた人たちであり、今日の日本の繁栄を支えてきた人たちである。そうした人びとに対する敬意を全く感じされることのない「後期高齢者」の名は不適切である。だが、高齢者であることは間違いない。ひとつの呼び方として、5歳ないし10歳毎に高齢 A、高齢 Bなどと順にアルファベットをつけていけば、「高齢 Zまで頑張ってやるゾ」と思う人が出てきても不思議ではない。「後期」の名称が多くの高齢者の気持ちを傷つけたことは確かだろう。行政が高齢者を高い位置から見て、このような名称を考えたのだとしたら思い違いも甚だしい。 ■ 制度に対する新展開 後期高齢者医療制度は小泉内閣の時に強行採決され、その詳細を与党議員さえ知らずに国会を通過した。その後世論の反発もあり2年間準備期間があったにもかかわらず、都道府県の担当者も事情を理解しないまま、準備もままならない状態で制度が実施されれば当然のことのように、手違いが起こっても不思議ではない。困るのは、年金だけが頼りの高齢者である。高齢者からの戸惑い、反発が多数聞かれると、与党の風見鶏議員達は、早速得意の手のひら返しをはじめている。TVに頻繁に出没し評論家擬きの発言を繰り返している代議士は 「有権者に説明しにくい。問題があるなら早い段階で改めないと……」と言い、「私は、まだ1年生だったので…もっと分かっていれば…」などと語る小泉チルドレンもいる。呆れたことだが、与党内にも動きがあり、高齢者にとって生活を脅かさずに済む方策が考えられる新しい行動は歓迎である。国民から問題点を指摘されなければ、多くの不都合を想像できないお粗末さは、議員数と威勢のいい言葉で踊らされた小泉政治の負の遺産である。 ■ どうしたらいいかの考察 1.低所得者に対する負担軽減処置を行い、一定額以下の年金受給者は負担をゼロにする。 保険料を支払えず保険証を持たずして治療を受けると10割負担になる。保険料を支払えないほど困窮している人が10割負担できるはずがない。金がなければ治療も受けられず、病に倒れることを待つばかりの人が出ることはなんとしても回避すべきである。 2.全国どこでも同じ負担で同じ医療を受けられるようにする。 丁寧な治療をする地域の保険料が高額になるシステムを解消しない限り、高齢者が安心して治療を受けることができない。老人医療費の高低を都道府県毎に競わせるようなやりかたは甚だ不適切である。 3.天引きは年金問題が解決してからにする。 国民の行政に対する最も大きな不満と義憤は、正当に受給されるべき年金が行政の長年に亘る手抜きと不適切な仕事によって受給できない数が4000万件もあるにも関わらず責任を誰もとろうとしない。その年金から天引きするやりかたは、恰も悪代官が無慈悲に取り立てをしている図式が当たっているように見える。天引きするか否かは、選択の余地を作るべきである。厚労省は、天引き方式を「銀行で支払う手間をおかけしない」などとしているのは、お為ごかしな感を強くする。少なくとも、高齢者が保険料を「納める」のでなく「とられた」と受け止めていることを知るべきである。本音は、「確実に徴収でき、余分な手間が省ける」からだろう。 4.従前子どもの扶養家族になっている人はそのまま継続できるようにするべきである。75歳になったことにより、子どもと親を分断するようなやり方がいいはずはない。親子関係までにも影響を与えかねない施策は改めるべきである。 いずれにせよ、これほど高齢者の日々の生活に大きな影響を与え、命に直結する「後期高齢者医療制度」は名前を「長寿医療制度」などと言い換えても本質は何も変わるものではない。「長生きなんかするもんじゃない」「こんな国に生まれたくなかった」「早く死ねといわれているようだ」と悲しそうに呟いている高齢者に国はどう応えるのか。「説明を丁寧にする」ことで解決すると思っているなら大きな思い違いである。制度に欠陥があるのではないか。 年間1兆円ずつ老人医療費が増加するための新制度というが、年間12兆円もの天下り団体への支出をしていることをなぜ解消できないのか。天下りを繰り返すたびに多額の退職金を懐に入れることを解消するだけで、どれほどの数の少額の年金で困窮しているために治療を受けられない高齢者を救うことができるだろうか。天下りが必要悪であるような風潮があるが、公務員の定年を65歳までにし、天下りは皆無にすべきである。そうすれば、「後期医療制度」は不要の長物になるだろう。 また、子どもの数を増やすことがこれらの問題の解決方法の大きな要素と考えられるが、妊娠検診が保険適用外、子どもを生める施設が約10年間で1000カ所も減っている、保育園待機児童数が2万人弱、出産後の女性の職場復帰が困難で出産によって7割が離職していること、などの根本問題を一日も早く解決しない限りこの国の将来は開けないだろう。 それにしても、日本は年金問題をはじめとして国民を蔑ろにするお粗末な役人と議員が揃った国だ。「お上がやることは間違いない」は妄想にしか過ぎない。 |
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