日々の抄

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 命の安全が保証されてない

2008年10月27日(月)

   妊娠中に脳内出血を起こした東京都内の36歳の女性が10月4日夜、下痢や吐き気、頭痛などを訴え、救急車で江東区のかかりつけの産婦人科医院「五の橋産婦人科」に運ばれた。担当した女性医師は緊急手術が必要との判断から、墨東病院、東大病院(「三次救急医療施設」に準じる医療機関に位置づけられているが、新生児集中治療室(NICU)が満床だったことから受け入れを断った)、慶応病院、日大板橋病院、東京慈恵会医科大青戸病院病院、日本赤十字社医療センター、順天堂大医院に受け入れを要請したがいずれも拒否された。

 リスクの高い妊娠に24時間対応する「総合周産期母子医療センター」に指定されている墨東病院への1回目の要請時、同病院の当直医は「シニアレジデント」と呼ばれる研修医で、「当直医が1人で、受け入れられない」として拒否したが、再度の要請で同院は別の医師を自宅から呼び出して対応し、同9時30分ごろから帝王切開で出産、同10時ごろから脳出血の手術をしたが、妊婦は3日後に死亡した。赤ちゃんは無事だった。関係者の話では「土日祝日の場合、東京の産科は無医村状態だ」という。

 墨東病院は「もし最初に頭蓋内出血の認識があれば、その時点でお受けしていると思う」とし、五の橋産婦人科は「頭部の疾患と伝えたつもり」という。どちらの主張が正当かは解明されるべきとしても、妊婦が死亡したことを重く受け止めるべき事は明白である。また、この異常事態に対し、厚労相は「週末に当直医が一人しかいない。これが(重症の妊婦の緊急治療に対応する)周産期センターといえるのか」「とてもじゃないけど都には任せられない」と批判。これに対し都知事は、問題の背景に産科医不足の現状があることから、「東京に任せてられないんじゃなくて、国に任せてられないんだよ。医者の数を増やすのは国の責任。舛添君、しっかりしてもらいたいよ」と反論。善意の市民の非常事態に、互いに言い争いをしている場合ではないだろう。両者ともなすべきことが十分でないからこうした事態に至っていることを知るべきである。

 同様のことは、昨年8月29日奈良県内で救急搬送された妊婦が同県や大阪府などの計9病院で受け入れを断られ、救急車内で死産しているが、今回の妊婦の死亡は、人命に関わる貴重な経験が未だ生かされていなかった不幸な結果である。国が国民の命を守れなくてどうするのか。

  産科・小児科減少の主な理由として、医療訴訟の増加、診療報酬の減額、緊急医療の診断報酬への不満に加え研修医療制度改革による医師の偏在が挙げられる。現行の臨床研修制度が都市部への医師偏在の原因になっており、大きな問題である。左下グラフ(厚労省資料より作成)から分かるように医師の総数は増加しているにも拘わらず産婦人科医師数は減少している(右下グラフ)。
     

 墨東病院のような総合周産期母子医療センターは、脳内出血、心臓病などをおこしやすい妊婦に対応し、緊急医療の最終砦として、リスクの高い妊婦の治療に対応できてしかるべきだが、医師不足などから現実に対応できてない。墨東病院は5年前から産科医が定数9人に達しない状態が続いており、同病院では週末の当直医が7月から1人になったが、それ以前から「このままでは周産期医療センターの看板を下ろさないとつらい」などの声が出ていたという。だが、「代わりの施設がない」と、現場の医師の努力で維持していたというが、今回の事態を含め救急医療、特に産科医療の諸問題を現場の医師に責任転嫁し、現場の努力に期待するのは誤りである。
  何年か前に出産数を増加するために、「国営の集団見合い」が少子化担当大臣によって提案されたことがあったが、笑止千万である。今回のような不幸な事態が起こらないように安心して出産できる環境を作ることが先決ではないか。出産後、職場復帰が容易にできること、安心して子育てをしやすくすることは緊急の課題である。

 病院での受け入れ拒否による犠牲者の続出は、産科婦人科だけではない。救急患者に対する「受け入れ拒否」が頻発している。そのいくつかを記しておく。
・ 2006年11月:大阪市で救急搬送された拒食症の少女(16)が、7病院に受け入れを断られた後にショック状態に陥り、心不全で翌日に死亡。
・ 2007年12月25日:大阪府富田林市で下痢や嘔吐など体調不良を訴えて救急搬送された同市内の女性(89)が、府内の計30病院に受け入れを拒否された末、約2時間後に搬送された病院で心肺停止状態となり、翌日夕、死亡していたことがわかった。受け入れを拒んだ病院の多くは「別の患者を処置中で対応できなかった」などと説明。
・ 2008年1月2日:大阪府東大阪市で交通事故に遭った男性が、府内の五つの救命救急センターから「満床」などを理由に受け入れを断られ、事故から1時間後に現場から約13キロ離れた同府吹田市の救命救急センターに運び込まれた後、死亡。搬送した同府大東市消防本部によると、24時間態勢で緊急治療を担う救命救急センターに重篤な患者の受け入れを要請する場合、通常なら2、3施設目までに搬送先が決まり、「5施設も断られるのは極めてまれ」という。
・ 2008年1月6日:宮城県蔵王町で民家火災で、全身やけどを負った女性(88)は8日未明、入院先の病院で死亡。女性は救急搬送される際、4つの病院に計5回受け入れを断られ、仙台市立病院に収容されるまで約1時間かかった。
・ 2008年1月8日:東京都清瀬市で体調不良を訴え救急搬送された無職女性(95)が近隣の11病院から受け入れを断られ、通報から約2時間半後に死亡。東京消防庁などによると、女性は自宅で胸の痛みを訴え、長男が119番通報。3分後に到着した清瀬消防署の救急隊は、女性に酸素吸入などの処置をしながら、携帯電話で受け入れ先を探したが、「ベッドが満床」「ほかの重症患者がいる」などの理由で11病院に断られた。
・ 2008年2月25日:春日部市の93歳女性が自宅で倒れ、救急搬送されたが、12病院に受け入れを拒否され、13番目の病院に収容されたものの119番通報から約2時間50分後に死亡。

  今の日本は「命の安全」が保証されている国ではない。連日高級バーで飲み歩いている政治家には、命の危うさを感じている国民の心細さは分かるまい。

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