日々の抄

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 妄言にもほどがある

2008年11月3日(月)

  政治家の失言が時の内閣の存亡に関わる問題になることがいろいろあったが、航空自衛隊のトップである航空幕僚長がとんでもない妄言を民間の懸賞論文に投稿し最優秀賞になったという。この懸賞論文は「日本が正しい歴史認識のもと真の独立国家として針路を示す提言を後押しする」目的で募集したもので、最優秀賞として300万円が与えられるという。その論文「日本は侵略国家であったのか」の要旨は以下のようなものであった。

 『日本は朝鮮半島や中国大陸に一方的に軍を進めたことはない。日清戦争、日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために軍を配置した。』『我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者だ。』『日本政府と日本軍の努力で(満州や朝鮮半島の)現地の人々は圧政から解放され、生活水準も格段に向上した。』『日本はルーズベルトの仕掛けたわなにはまり真珠湾攻撃を決行した。』『大東亜戦争後、多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家の支配から解放された。日露戦争、大東亜戦争を戦った日本の力によるものだ。』『東京裁判は戦争責任をすべて日本に押しつけようとした。そのマインドコントロールが今なお日本人を惑わせている。自衛隊は領域の警備もできない、集団的自衛権も行使できない、武器の使用も制約が多い、攻撃的兵器の保有も禁止されている。がんじがらめで身動きできない。このマインドコントロールから解放されない限り、我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない。』『多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価していることを認識する必要がある。我が国が侵略国家だったなどというのはぬれぎぬである。』

   識者によると、「旧満州や朝鮮半島が、日本政府と日本軍の努力によって生活水準が向上したなど、とんでもない妄想」「満州事変から日中戦争での抗日闘争を武力弾圧した事実を知らないのか」「「国際法の常識を知らない軍の上層部というのでは、戦前と同じ。ひどすぎる」「特徴的なのは、満州事変にまったく触れていないこと。満州事変は謀略で起こしたことを旧軍部自体が認めている。論文は『相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない』というが、満州事変一つで否定される」「現在の基準や戦争相手国の視点で見れば、日本がアジア諸国を侵略したのは間違いのない事実だ。世界史に関する“新説”を述べるのは自由だが、発表の場にも細心の注意を払い、学問的に語るべき」「非常に単純な事実の誤認、人名、日付、その他、そういうものをやたら間違えている。細かいことを言うと、この1936年の第2次国共合作っていうが37年である」など多数の批判が報じられている。与党内部からも「憲法の基本も理解していない。自分の発言がどう社会に影響するのか判断力もない」と批判が出ている。

 麻生首相は10月2日の国会答弁で、『日本がかつて行った侵略と植民地支配に関する政府の見解は、13年前に発表された「植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大な損害と苦痛を与えました」とする、いわゆる「村山談話」と、戦後60年に改めて謝罪した05年の「小泉談話」を踏襲する』考えを表明し、中国訪問中の同月25日には中国メディアに村山談話の踏襲を改めて示している。こうした首相の意向をほぼ否定する論文を現職自衛隊幹部が執筆したことは驚くべき事であり、アジア諸国の反発は当然である。同航空幕僚長は本年4月18日の会見で、前日の名古屋高裁の違憲判決がイラクに派遣中の隊員に与える影響について尋ねられ、「私が心境を代弁すれば『そんなの関係ねえ』という状況だ」と述べ、隊員の士気に影響はないと強調し、物議を醸していていた。

 政府は同航空幕僚長を更迭し、航空幕僚監部付としたが、国益を大きく損ないかねない考えをもった人物が自衛隊内で然るべきポジションに残ることは大きな問題である。航空幕僚長の職を解くことだけで済む問題なのか。事実に基づかない「私的見解」の考えを論文にしたことが、どれほどの近隣諸国へ影響を与えるのかを考えが及んでいない。「日本が本質的に軍国主義から脱していない」と、近隣諸国から思われかねない。韓国政府は、「歴史の真実を覆い隠す内容だ」、中国政府は「現役の自衛隊高官が公然と歴史を歪曲し、侵略を美化したことに驚きと憤りを感じる」とコメントを出している。

 同航空幕僚長の誤りは、憲法の基本に背く考えを持っていること、立場を弁えない論文の公表にある。更迭決定後同氏は「信念を持って考えてきたことを個人的な意見として論文にした」「大変な心配を総理や大臣にかける結果となり申し訳ない」と話しているが、日本国民全体に謝罪すべきではないか。そもそもこんな見識をもった人物が自衛隊のトップにいることが大問題である。任命権者の責任が問われて当然である。同氏のみならず、他の自衛隊トップに同様の見解を持っている人物がいるなら、日本国の将来に暗い影を落としかねない。シビリアンコントロールを語るには簡単だが、具体的にどのようなシステムが適切なのか。国民に対し明確にその方法を示して欲しい。

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