日々の抄

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 殿、御乱心を

2008年11月22日(土)

  首相の発言がいろいろと物議を醸している。
 19日、全国都道府県知事会議で地方の医師不足への対応を問われて、「医師には社会的常識がかなり欠落している人が多い」という発言があり、医師団体のみならず自民党内からも批判が起こっている。その発言の要旨は以下の通りという。
『(出席知事の医師不足に関する発言に対し)医者の確保をとの話だが、自分で病院を経営しているから言う訳じゃないけど、大変ですよ。はっきり言って、最も社会的常識がかなり欠落している人が多い。ものすごく価値判断が違うから。それはそれで、そういう方をどうするかという話を真剣にやらないと。全然違う、すごく違う。そういうことをよく分かった上で、これは大問題だ。
 小児科、婦人科(の医師不足)が猛烈に問題になっているが、これは急患が多いから。急患が多いところは皆、人が引く。点数が入らない。点数を変えたらいいんです。これだけ激しくなってくると、医師会もいろいろ、厚生省も、5年前に必ずこういうことになりますよと申し上げて、そのまま答えがこないままになっている。
 これはちょっと正直、これだけ激しくなってくれば、責任はおたくらの話ではないですか。おたくってお医者さんの。しかも、お医者の数を減らせ減らせと言ったのはどなたでしたか、と申し上げて。党としても激しく申し上げた記憶がある。臨床研修医制度の見直しについてはあらためて考え直さなきゃいけない。』(11/19共同通信)

 この発言に対して、同日夜、「まともなお医者さんが不快な思いをしたというのであれば、それは申し訳ありません」と釈明したが、全国の医師団体から抗議文が多数出された。そのひとつである茨城県医師会の抗議文では、
『医師不足の中で、1週100時間以上の勤務をして救急医療を守っている医師は確かに社会常識を逸脱している』と皮肉を交えて、その原因について『医師数の抑制、医療費を削減し続けた失政の結果』『(首相の)他人事のような態度こそ常識外』としている。
 全医連は、東京都内で妊婦が8病院に受け入れを断られて死亡した事例で、墨東病院の当直医が一人だったことが問題視されている点について、「当直医一人体制」は「人員や施設の不足によるもので、多くのNICUは慢性的に満床だ」と反論。また、日本産婦人科学会が行った産科医の勤務実態の調査結果などを示し、「産科勤務医は過労死認定レベルを超える長時間勤務を継続して行っている」と過酷な勤務実態を訴えた上で、「これを放置したままで『医師のモラルの問題』と切り捨てれば、産科医を志望する若者が減るだけでなく、相次ぐ産科医の離職に歯止めをかけることができなくなる」と批判した。
 日本産婦人科医会の調査によると、『分娩を取り扱う病院は昨年から今年にかけて全国で8%(104施設)減少している一方で、一施設当たりの産科医数はほとんど増えていない。また、今年10月末に発表された日本産科婦人科学会の「産婦人科勤務医・在院時間調査」によると、産婦人科医の勤務医が診療や待機などで拘束されている時間は月平均で300時間を超え、500時間以上拘束されている医師もいる。当直勤務がある一般病院の産科医は月平均4.2回の当直をこなし、病院にいる時間は月平均301時間だった』という。

 首相はこうした実態を承知で、上記の発言をしたのだろうか。実態を知ろうとしているのだろうか。まるで上から目線の他人事のように聞こえる。発言は睡眠時間を削ってまで患者と向き合っている現場の医師に対する冒涜であろう。たしかに、首相の身近に「世間知らず」がいるかもしれないが、それをもって、医療現場の諸問題の原因が、「社会的常識がかなり欠落している人が多い」ととれる発言をしていることの短絡さ、思慮欠如は首相の品位と的確性のなさを証明しているとしか言えない。「まともなお医者さんが不快な思いをしたというのであれば」などと語って陳謝していると受け取るひとがいるだろうか。不快な思いをしない医師がいると思っているなら、おめでたい話しだ。国民の生命、安全を確保する最高責任者は首相ではないのか。

  医療現場の諸問題についての問題発言は経産相からもあった。
二階経産相は11月10日、舛添厚労相との会談の中で、『政治の立場で申し上げるなら、何よりも医者のモラルの問題だと思う。忙しい、人が足りないというのは言い訳にすぎない』と発言したと伝えられている。
 これに対し、全医連は「全医師数は増えているが、産科医は分娩数の減少を上回る率で減少している。二階経産相の発言により、産科医のモチベーションが下がり、離職率がさらに高まる恐れがある」などとして発言内容を撤回するよう求めた。
 経産相は国会答弁で『医師の方も忙しくて大変なのは理解できるが、専門的立場から全面的に協力をしてもらいたいという趣旨だった』『今回の発言が医療関係の皆さんに不愉快な思いをさせたとすれば、お詫び申し上げる』としている。経産相も「不愉快な思いをさせたとすれば」として陳謝しているつもりだろうが、「・・・とすれば」などと負け惜しみに聞こえてならない。両者とも言葉が足りないのでなく、医療現場の実態と、小泉政権下から特に強まった医療費抑制政策の結果というシステム上の問題に目を向けているとは思えない。

 首相はその後、「郵政民営化に関連し、株式売却を凍結」「道路特定財源の一般財源化」についての発言に対する身内からの反発に陳謝の言葉を並べている。最近は、あまりにも発言が軽く、思いつきで軽口を叩き、反発があるとすぐに深謝していては全く信用に値しない。閣内、党内からも批判が続出している最近の様は、現政権が崩壊に近い気配がある。今のままの事態が続けば、3回目の政権放棄劇が近いうちに起こりそうな気がしてならない。
 「前場、有無、詳細、踏襲」などの『誤読』が続いた後の陳謝続きで、ますます、現政権の行き先が限りなく細い事と感じられる。首相は、「おれ、そんな風に言っているかなあ」 「それは単なる読み間違い、もしくは勘違い。はい」などという発言を聞くに忍びない。官僚が書いた文章を読み違いしているとは恥ずかしい限りだ。身内に「ルビをふれ」などと言われては権威もあったものではない。

  首相はマンガキャラクター銅像の除幕式に参加したり、大学生のコンパに参加したり、アキバで演説して「庶民性」をアピールしているヒマがあるなら、漫画ばかり読んでいないで、漢字と国民の気持ちを読む勉強をするといい。小学生でも読める漢字を読めない首相がいるとは、恥ずかしい国になったものだ。

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