日々の抄

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 命の尊厳を蔑ろにするな

2009年2月25日(水)

 子どもを望んでも授からず、不妊治療が行われている中で、体外受精も行われている。体外受精は1978年に英国で初めて成功。日本では1983年に東北大で初めて受精児が誕生している。近年では年間約2万人、全出生児の1.8%に達しているという。その体外受精という生命の誕生に関わる神聖な医療行為に、あってはならないミスが起こった。

 香川県高松市の県立病院で昨年9月、不妊治療で体外受精をした高松市内の20歳代の女性に、誤って40歳代の別の患者の受精卵を移植した疑いが判明し、妊娠した女性は病院から説明を受け、体外受精から約2か月後の妊娠9週目に人工中絶をした。受精卵取り違えによる妊娠が明らかになったのは初めてという。公表されたのは、2月10日に女性側が高松地裁に提訴し、訴状が18日夕に県に届いたことから、裁判で事実が公になると判断してのことという。提訴がなければ公にならなかったのだろうか。

 女性は昨年4月から同病院で不妊治療を開始。担当の男性医師が9月18日、成熟状況などを確認するために、この女性の受精卵が入った複数の容器を培養器から取り出したところ、同じ作業台に、別の患者の受精卵が入ったシャーレを残し、培養器に戻す際、別の受精卵と取り違えたらしい。2日後、この受精卵を女性に移植したという。

 ミスに気づいた理由は、この女性の受精卵はこれまで発育しにくい傾向だったにもかかわらず、今回は妊娠後の経過が順調過ぎたため。作業手順などを点検したところ、取り違えの可能性に気づいたという。同病院では、今回の問題が起きるまで、患者の受精卵を識別するのは、『シャーレのふたに張ったシールの色』だけが頼りだったという。受精卵は「命」そのものなのではないか。その識別が、『シャーレのふたに張ったシールの色』だけだったとは信じがたい。担当医師は、1979年に産婦人科医として赴任。93年4月に病院初の体外受精を手がけ、受精卵の培養や管理などを1人で行ってきた。これまでに約1000件を手がけ、「受精卵の扱いは1人でもできる」と話していたという。

 昨年11月7日、担当医師と産婦人科主任部長が、別の患者の受精卵を戻した可能性が高いことを来院した夫婦に伝えた。夫婦からの「何とか調べる方法はないのか」の問に、「6週間後に羊水を検査すれば分かるが、その時点では中絶は不可能」との答えが返され、中絶を余儀なくされた。
受精卵を使われた本来の母親である40歳代の患者に謝罪したのは、20歳代の女性が中絶してから2か月以上たった今年1月下旬だったという。この患者は女性と同じ日に体外受精した。謝罪が遅れた理由について、病院側は「患者が体調を崩されていたので、回復を待っていた」、「(相手が産んでほしいと望むなど)何が起きるか分からなかったからではないか」としていると釈明しているが、命を預かっていることの重さより、自分たちの保身が見え隠れしてならない。

 問題発覚後の今年1月、同病院は体外受精作業マニュアルに、「受精卵、精子を扱う際は2人以上で確認し、記録に残す」、「作業台の上には患者1人分の受精卵しか置かない」、「シャーレのふた、本体両側に患者を識別するシールを張る」などの初歩的な対策を初めて盛り込んだというが、事故が起こらなければ、同様のミスが今後も起こりうる可能性があったのではないか。

 全国の不妊治療施設での取り違え防止マニュアルの整備は24%にとどまり、同様の医療ミスにつながるヒヤリ事例が発生していることがで明らかになっている(「蔵本ウイメンズクリニック」福田貴美子・看護師長の調査による)。2007年末〜08年1月に、日本産科婦人科学会登録の不妊治療施設594施設に調査。無記名回答した114施設のうち、56施設(49%)が「医療事故を身近に感じたことがある」と回答。投薬ミス(13施設)、患者の取り違え(2施設)などのほか、生殖医療関連でも「受精卵の取り違え」、「人工授精時に患者を間違った」、「凍結保存した場所を記入ミス」などのミスがそれぞれ1件ずつ起きていたという。

 人間は誤りを犯す。誤りをすることを十分に承知の上で、ミスを犯さないための最大限の方策をとることが人間の叡智なのではないか。特に人の命に関わる仕事に従事する人びとにはそれが強く求められる。受精卵を個別に誤りなく識別すること、複数の担当者が複数回の確認をすること、同時に複数の受精卵を扱わないことなど、当然の確認作業なのではないか。馴れと慢心は誤りの元である。担当者を始め、命に関わる仕事に従事する人びとは、その仕事の重大さの再認識が求められる。

 受精卵の取違いは、本当に今回だけだったのだろうか。

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