放射性物質はどこにいく |
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2011年10月31日(月) 福島原発事故で放出された放射性物質の影響が当初は福島県内あるいは近県だけと思われていたが,最近になって福島原発から200キロ以上離れた地にも影響が及んでいることが次第に明らかになってきている。 9月13日川崎市高津区での空中放射線量が0.24マイクロシーベル/時(以下数値は断りのない限りマイクロシーベルト/時であり地表ないし地表から50センチの高さの値である)が緑道の側溝で,横浜市大倉山で0.91が市道側溝で検出された。近隣建物の雨どいから流れてきた雨水と土砂が堆積していたらしい。22日には横浜市の市立学校で0.94,26日には港北区の義務校で0.67,0.97が屋上側溝,格技場の雨どい下から,10月7日には同市緑区の中学校4階屋上の側溝部分の堆積した土砂から0.86,また11日には同市保土ケ谷区の市立小学校1階雨どいの下の側溝,4階屋上の側溝にたまったから0.69が検出された。横浜市で多いのは熱心に測定しているためと思われる。 10月13日東京北区の小学校敷地内にある倉庫と塀の間の地表付近から1.01,13日には千葉県船橋市「ふなばしアンデルセン公園」の一角で,5.82,18日には東京・足立区の小学校の敷地内で3.99,21日には軽井沢町にある音楽ホール敷地内で2.8,1.18が同21日さいたま市北区の市立小学校と大宮区の公園で0.68,0.60が測定されている。 その後驚くべき数値が測定されている。柏市の市有地で57.5,我孫子市内の小学校の側溝の地表付近で11.3が測定されている。柏市の場合は雨水の流れる側溝が一部破損しており,そこから雨水が流れ込んだ場所に集中し地面が放射性セシウムを吸着したと説明されているが,それが事実なら同様の場所は柏市に限らずどこにでもある可能性があるだろう。 福島原発爆発から7ヶ月経過しての結果である。専門家の分析によると,これら福島原発から遠地の放射線蓄積は3月14日〜15日未明まで(北関東へ),3月21日〜22日未明まで(南関東へ)の風向と降雨により放射性プルーム(放射性雲)が放射線を地表にばらまいたということだという。これで狭山茶や静岡茶が放射性物質に汚染されていることが理解できる。遠地で高放射線量が測定されいているのは,いずれも雨水が集まるところで濃縮され放射線量を増やしていることが分かっている。群馬県でも南下した風が北に向きを変え,プルームが平野部を通過し赤城,榛名山,北部山岳地帯に雨を降らせた,そうした地域での放射線量を増やしている結果が出ている。赤城山でも0.56もの値を示している場所がある。人が居住しない地域の除染はしないというが,福島県内外ともに除染が急務である。だが,除染した結果放射性物質は消えることはなくただ下水を通って移動するだけだから,除染が進むに従って下水ひいては河川,海での放射線汚染が問題になることは自明である。 放射線量は測定器具によって大きく異なることは知られていることである。自前の測定器具で高線量が観測されても信頼できる器具での測定まで測定結果を疑うべきである。放射線汚染が東日本だけでなく,大分,大阪,京都でも観測されていることを考えれば他人事でないことは心すべきである。 文科省の公表している各地の放射線量は測定の高さが異なり各点で比較をすることは意味がなさそうである。前橋での値はおよそ0.03前後で関東地方の県庁所在地では常に最低値を示しているが高さは21.8mである。地表近くではおよそこの値の3倍を示している。日常生活に関係しているのは地表近くではないか。当初,子供の被曝線量積算値を年20ミリーシーベルトとしていたものが猛烈な反発から数値を1/20に変更したり,最近になって「食品から摂取する放射性物質について,健康に影響が出る内部被ばく線量は,生涯の累積で100ミリシーベルト以上」としたり,「放射性セシウムの許容線量を現在の年間5ミリシーベルトから1ミリシーベルトに引き下げる」としているが,数値だけが先行しどのような根拠で数値が変わるのか分からず,全く信じることはできない。 原発事故はこれほど人心を惑わし,生活に支障を与え,心にも経済的にも負担を与えている。将来に悲観し自殺者さえ出し,人間が制御しきれない便利さはさっさと決別すべきである。これほどの大きな傷を多くの国民が受けている原発を輸出しようと企てている政治家の気が知れない。2つの原爆と2つの原発の被曝を人類の未来に生かせるよう世界に働きかけ2度とこうした悲劇を生まぬようにするのが今生きている日本人の使命ではないか。 |
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