日々の抄

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 何の絆なのか

2012年3月5日(月)

 東日本大震災からまもなく1年が経過する。いまだ26万人の人が避難生活を余儀なくされ、東北地方から子ども2万人余が減っている。この一年、被災地復興のために多くの努力がなされ、日本国中で「絆」が大事であると伝えられている。一方で震災から1年近く経過しても、いまだ根拠のない「風評被害」が続いていることは悲しくも腹立たしいことである。

 那覇市でことし18回目となり2月23日予定されていた「子ども向け雪遊びイベント」が中止された。理由は、東日本大震災で市内に避難している人から「放射性物質が含まれ、被曝する可能性がある」と抗議を受けてのことと伝えられている。雪は青森県十和田市で集められた約630キロを海自八戸航空基地の寒冷地訓練に参加した隊員が16日、段ボール25個に詰めて哨戒機で運んだもので、隊員が同機への搬入と搬出の際に放射線量を測定したが、いずれも問題ない値だったという。
 放射線量の客観的な値が示されたにもかかわらず、「放射性物質が含まれ、被曝する可能性がある」などという根拠はどこにあるのか。東北から避難して来ている人が反対することは理解に苦しむ。自分たちは安全と思われる場所にいて、故郷の風評被害を増大させる結果に結びつく抗議をしている理由は「政府や自治体の説明は信用できない」だという。根拠のないこうした抗議は故郷へ礫を投げつけることにならないのか。送られた雪が福島原発から340キロも離れた青森県のものであることを考えると、こうした抗議は個人的感情にしか過ぎないと思える。行事の主催者は毅然とした姿勢を示すことが求められるのではないか。彼らの抗議は「東北は放射線まみれになっている」と印象付けていることにつながる。この雪は、沖縄県石垣市の児童養護施設へ贈られ、那覇市内でも28日に幼稚園での催しに使われるという。

 山梨県法務局3月2日の発表によると、同県で福島県から避難している子供が、住宅近くの公園で遊ぶことを自粛するよう近隣住民から要請され、更に保育園への入園を、原発に対する不安の声が他の保護者から出たことを理由に入園を拒否されたという。これは地域ぐるみの陰湿な「いじめ」そのものではないか。自分が拒否された立場だったらどうかという想像力の欠けた愚行としか考えられない。
 
 こうした風評被害を含め、法務省の2日発表によると、人権相談などに寄せられた東日本大震災関連の相談件数が、昨年末までに491件あったという。被災者が避難先で差別やいじめを受けるケースもあり、地方機関の法務局などが人権侵害の疑いがあると判断した29件については具体的な救済手続きを行っている。その内容は、家族で避難している知人宅で文句を言われる、福島ナンバーの車が駐車を拒否される、避難先の学校で放射能で汚れているといじめにあうなどという。
 
 マスコミを通して災害復興のための「絆」などと声高に叫ばれているが、絆には「断つに忍びない情愛」の意味とともに「動物をつなぎとめる綱」の意味も持っている。被災地で懸命にボランティアに汗する人がいる一方で、自分だけは安全な場所にいて「困ったときには助け合わなければ」などと言いつつ風評被害を引き起こし、被災1年にして、いまだいわれのない被害が絶えないことを知ると、「絆」という言葉が白々しく聞こえてくる。
 
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