日々の抄

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 再稼動の判断が出されたが

2012年5月1日(火)

  関西電力大飯原発の再稼働に向けて、野田首相ら関係閣僚がおおむね安全基準に適合していると判断。首相と枝野経産相ら関係3閣僚は4月13日夕、定期検査で停止中の大飯原発3、4号機の再稼働問題について、6回目の協議を行い再稼働を妥当と判断した。だが、この協議は「自由討議であり、記録を残すような話し合いではない」とし、議事録を作成していないことが明らかになっている。証拠隠滅なのか。国民生活に重大な検討をする会議内容を残すことが困ることなのか。困るような検討をしたと疑われても仕方あるまい。そもそも国民の安全が関わることを「おおむね」安全として判断するとはいかなることなのか。

  安全性について再稼働の基準の決め方にも中身にも問題がある。本来なら、福島第1原発のような放射能汚染を二度と起こさないという検討ががなされるべきが、3閣僚はたった3日間で基準を決め、その後1週間で大飯原発が適合すると判断している。何をそれほど急いでいるのか。外力によって急がされているのか。安全基準が福島第1原発事故後の緊急対策とストレステストの1次評価でよしとすることにも大いに問題が残されている。何が福島原発の大事故の原因であるか究明されてないままの机上のストレステストに妥当性はない。原子力の専門家である内閣府原子力安全委員会の班目春樹委員長は本年2月20日に、定期検査中の原子力発電所を再稼働させる条件のストレステスト1次評価について、「原発の安全性を評価するには不十分」と述べている。このことに対し政府はどのように答えるのか。

 再稼動は結論ありきで進められている。関西電力は安全対策の工程表をわずか3日で国に提出。その中身は対応済みの対策と今後の予定を述べているにすぎない。工程表によると、「発電所の常駐要員を10人増やして54人にする。防波堤のかさ上げ、外部電源として使う送電線の多重化は来年13年度に。専用の建屋内に非常用発電機を設置、免震事務棟設置、フィルターつきベント設備の設置は3年後の15年度」としている。このことで再稼動を妥当とする結果に結び付けていることには無理がある。つまり、これらの計画が実施されるまでに福島原発のような地震が起こった場合、ベントを必要とした場合どのように対応できるのか。免震事務棟がないままで非常事態にどこで対応するのか、など明らかな矛盾を含んでいる。工程表が実行されるまで地震が起きないことにしておくのか。
 関電が示した対策85項目のうち、33項目が未実施。関電はそれでも福島第一原発のような事故を防ぐ対策は取られているとし、あくまで「念のための対策に過ぎない」と強調している。

  原発担当の枝野経産相は「大飯原発3,4号機再稼動に反対する」、「管内の電力需給に余裕がある場合は再稼働を認めない」「保安院、安全委精査中に、現時点で安全性に得心してない」「京都、滋賀の知事の理解を得られないと地元の一定の理解を得たことにならない」「(原発は)5月6日から一瞬ゼロになる」「安全の確認と地元の理解が前提だが、今の電力需給では稼働させてもらう必要がある」などと発言が豹変している。このことへの不信感が再稼動反対に結びついていることを考えるべきである。

  一方で、「今進めている、この進め方が、安全かどうかなんて、誰も判断していない。こんな状態の中で、安全だなんて進めていいんですかと。国家崩壊ですよ、こんなのは」と息巻いていた橋下大阪市長は、「府県民の皆さんに負担をお願いします。夏のピーク時、わずかな時間、本当に電力消費量がぽっと上がる瞬間を、みんなで我慢できるかどうかですよ。それが無理だったら、原発の再稼働をやるしかないと思いますよ」などと手のひらを返したように、それも地方都市の一市長が「府県民の皆さんに負担をお願いします」などと偉そうに語っていることをマスコミはいちいち伝えることが妥当なのか大いに疑問である。

  大飯原発再稼動判断のもとになった評価を、これまで原子力規制を行えず、多大な失策を重ねてきた原子力安全保安院が行っていることは妥当と言えない。政府は前政権の脱原発方針を引き継ぎ、脱原発依存を謳ったことを忘れているのか。再稼動判断の前に福島原発事故の検証を行い、国内のすべての原発をどのように廃棄していくかの工程表を具体的に示し、代替エネルギーの研究開発と実用化の道筋をつけることが求められているのではないか。あれだけ多くの国民に肉体的、精神的、経済的に迷惑をかけておきながら、誰一人として責任を負わず、法的に罪を問われてないのはどういうことなのか。

  原発を抱える地元は一大産業として生活の糧になっていることから、「生活に必要」だから再稼動を、そうでない地域では原発再稼動反対を唱える傾向にある。電力事情から再稼動やむなしとしたときに、一度福島原発のような事故が発生した場合の影響は原発の地元だけで済まないことは証明済みである。原発を再稼動しない場合の経済支援は国が責任をもって行うべきは当然のことである。

  電力が不足しているという数値を電力会社が提示しても、今まで国民をたくさん欺いてきたことを考えれば俄かに信じることはできない。「speedシステム(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)」を福島原発事故の初期段階で公表しなかった国を俄かに信じることはできない。「ただちに健康に心配はない」と聞かされ続けていたことに不信感を強くしたことを忘れるわけにいかない。国民が信じられるための信頼回復の作業を東電も政府、行政も早急に開始することが原発再稼動の論議をする大前提である。

  核の廃棄物を最終処理できず、何万年もの先までも生命の危機に関わる懸念が残るという根本問題を抱えている原子力を利用することは避けるべきである。原発再稼動は、今までのような便利な生活を送ることが大前提である。命の危機を感じなくても安心して生活できるエネルギー源が確保されるまで、不便な生活に耐えること、エネルギー消費を減らす生活を再検討する時が来ている。
 
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