日本人の命が危ない |
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2005年10月10日(月) 連日のようにアスベスト被害について報じられている。何が原因で何が問題なのか考えてみた。 そもそもアスベストとは何か 国際労働機関(ILO)並びに米国環境保護庁(EPA)等における定義では、以下に分類される6種類を指すとされている。 @ 蛇紋岩・・・クリソタイル(温石綿・白石綿) A 角閃石・・・クロシドライト(青石綿)、アモサイト(茶石綿)、アンソフィライト(直閃石綿)、トレモライト(透角閃石綿)、アクチノライト(陽起石綿) 鉱物学上、工業上及び環境大気中という観点から、それぞれ @ 鉱物学上の定義 天然に産する鉱物群のうちで、高い抗張力と柔軟性をもつ絹糸状で光沢があり、繊維状の集合をなすものの俗称である。 A 工業上の定義 一般的には、繊維状の集合をした鉱物を採掘、加工して得た工業原料をいう。 B 環境大気中の定義 微少な繊維又は繊維束の状態で浮遊する上記の6種類の石綿をいう。 と定義されている。 アスベストは何に使われているのか 1. 建築資材 輸入されたアスベストの90%以上は建築資材として建築物等に使用されている。 (1) 吹き付けアスベスト<耐火被覆用(使用期間は、昭和38年頃から50年初頭まで)、吸音・断熱用)>、 吹き付けロックウール(昭和50年に吹き付けアスベストが原則禁止となって以降の代替え。耐火被覆用(昭和43年頃から昭和55年頃まで)、吸音・断熱用(昭和46年頃から昭和55年頃まで) (2) アスベスト保温材 @アスベストを含有する保温材(石綿保温材、けいそう土保温材、塩基性炭酸マグネシウム保温材、けい酸カルシウム保温材、はっ水性パーライト保温材、バーミキュライト保温材) Aアスベストを含有する耐火被覆板<繊維混入けい酸カルシウム板、石綿ロックウール板(アスベストが50%以上)> (3) アスベスト成形板<石綿スレート、石綿セメントパーライト板、パルプセメント板、石綿セメントけい酸カルシウム板、化粧石綿セメント板、石綿セメントサイディング、住宅屋根ふき用石綿スレート、石綿スレート・木毛セメント板、吸音あなあき石綿セメント板、押出成形セメント板(アスベスト含有率は、15%程度)、ビニル床タイル(一般事務室・店舗等の床に広く使われている。アスベスト含有率は5〜20%程度といわれているが、昭和60年から製造中止)> 2. 日用品 電気温水器や冷蔵庫など家電製品 断熱材や絶縁材などに使われており、販売を終えたものが118社の502製品、販売中のものが14社の19製品。 自転車、三輪車 自転車メーカー30社が輸入・販売した約61万台に使用されていたことが9月20日、経済産業省と厚生労働省の調査で判明。約61万台のうち、28社が輸入した約21万台は、労働安全衛生法でアスベストの使用が規制された昨年10月以降に販売されていて同法違反の疑いがある。いずれも中国や台湾、ベトナムから輸入したもので、幼児向けのものや三輪車が多かった。 炊飯機 (福岡県行橋市と勝山町にある小中学校向けの給食センターでの使用が9月5日判明。米飯給食を中止) 接着剤 家庭用、工業用、土木用で、4社が今年9月までに販売した接着剤18製品。4社は同日までに製造と出荷を停止、流通している製品を回収することを決めた。含まれるアスベストは樹脂で固着されているため空気中に飛散する可能性は低いという。 どこで使われているか 病院、保育所、老人ホーム(全国の341病院、保育所や老人ホーム等の福祉施設498カ所)、公共職業能力開発施設(15カ所)。吸引の恐れがあり。 学校施設 44道府県の公立校(幼稚園・保育所を含む)1597校の校舎や体育館などで使用されているか、その疑いのあることが判明。うち87校では教室や体育館の使用を禁止、21校では臨時休校や始業式が延期になるなど授業にも影響が出ている。教室や体育館、給食室などの建材に、吹き付け材などに使用。文科省は「学校内の対策はおおむね完了」としてきたが、調査結果からは、文科省の認識とはかけ離れた実態が浮かび上がっている。 アスベストの何が問題なのか アスベストを吸引すると、石綿肺、肺癌、悪性中皮腫(個人差が大きいが発症は約15〜40年前後。治療法としては、肺を取り囲む胸膜ごと摘出する手術以外、今のところ有効な治療法はない)、胸膜肥厚斑に罹る可能性が極めて高くなり、重篤な健康被害が生じているためである。 中皮腫で亡くなった人が、2004年に953人、2003年より75人増加している(厚生労働省9月7日発表)。過去最高になった。中皮腫の死亡者数は、1995年は500人で、その後ほぼ毎年増え、2003年は878人。2004年は70人を超す増加となった。2004年の内訳は男性が729人、女性224人だった。 アスベスト問題が注目されたのは、尼崎市の大手機械メーカー工場の半径500メートル以内に居住歴がある人で、中皮腫による死亡率が、全国平均の9.5倍に達することが2005年8月判明したことであった。半径1.5キロ圏内では少なくとも36人が死亡しており、工場に近いほど分布が集中していた。同工場の周辺住民について、石綿による健康被害の疫学的調査の結果によると、工場の半径1.5キロ以内に住んだことがある死亡者は36人。1キロ以内には24人、500メートル以内では14人だった。 調査によると、毒性の強い青石綿を使っていた時期(1957〜1975年)に注目し、この間、工場から半径1キロ以内には延べ6万人、500メートル以内には1万5000人が居住していたと推計。中皮腫の発症まで30年前後とされることから、死亡者36人のうち2000年以降に亡くなった22人について、人口比の中皮腫死亡率を算出した。 その結果、年間14万人に1人(2003年度)とされる全国平均と比べ、500メートル以内では9.5倍、500メートル〜1キロでは4.7倍、1〜1.5キロでは2.2倍にのぼることがわかっている。 (ここまでの健康被害などの数値は2005年10月09日まで判明したものだが、今後増加することが予想される) 群馬県内の実態 アスベストの環境基準は大気汚染防止法に「アスベストを取り扱う工場などの敷地境界線における規制基準(10本/g以下)」である(解体作業には基準値が定められていない)。 2004年県の調査によると、前橋市街地での冬季に0.36(前年0.26)、郊外で0.21本(0.08)、1991年高崎の国道17号で1.34が測定されているが、1995年度の環境中の石綿濃度は、商工業地域で0.19(0.04〜1.28)、住宅地域で0.23(不検出〜1.76)、幹線道路周辺で0.41(不検出〜1.96)であった。なお、解体現場周辺では、対策が不十分の場合は100本/リットル以上が測定された例もある。 公共施設でアスベストが使用されているのは、高崎・藤岡・中之条合同庁舎、伊香保観山荘、農業技術センター、旧境町トレーニングセンター、精神医療センター、精神医療センターである(2005年9月22日現在)。民間では267棟がアスベストが露出して使用されている(昭和31年頃〜昭和55年までに施工された民間建築物のうち、室内又は屋外に露出してアスベストの吹き付けがなされている大規模(概ね1,000m2以上)な建築物が対象。2005年9月15日現在) アスベストの健康障害は、いつからわかったのか アスベスト関連の歴史は以下の通り。太字は日本での出来事 1906年 イギリスのMurray医師がアスベスト肺の初めての報告。以後フランス、イタリア、ドイツから報告あり。 1924年 イギリスのCooke氏がアスベスト肺と命名。日本語で初めての関係書籍「石綿 杉山旭著」(昭和9年)に掲載 1935年〜悪性中皮腫とアスベストの関係が疑われた 1940年〜ドイツで労災補償の対象疾患と認定 1940年 大阪で石綿肺の調査 1947年 Merewetherの剖検例での報告が続く 1950年〜ドイツから報告が続く 1955年 Dollの疫学的報告でアスベストと肺がんの因果関係は確立 1955年 吹き付けアスベスト(石綿含有率約70%)が、吸音・結露防止アスベストとして使われ始める 1959年 Wagner報告でアスベストとの関係が広く知られるようになった 1965年吹き付けアスベスト(石綿含有率約60%)が、耐火被覆アスベストとして使われ始める 1969年 アスベストの輸入20万トンを突破 1970年代 アスベストの有害性が国際機関に指摘される。米国でアスベストの被害や訴訟が相次ぐ 1972年 WHO(世界保健機関)が発がん性指摘 1972年、1973年頃 吹き付けアスベストが最も大量に使われる 1974年 輸入がピークで、35万2110トン 1975年 アスベスト(石綿含有率30%超)吹き付け材が原則禁止 1980年頃 アスベスト(石綿含有率5%超)吹き付け材も原則禁止 1986年 ILOが石綿条約採択(毒性の特に強い青石綿の使用を禁止) 1986年アスベスト被害に伴う損害賠償保険金支払いの免責(支払い責任がなくなる)を国が認める 1987年 「学校パニック」 1993年 環境基本法が制定される 1995年 毒性の強い青石綿と茶石綿を含有する製品の製造・使用が禁止される 2004年 白石綿の使用原則禁止 2005年 「石綿障害予防規則」が施行される。石綿条約を国会が承認 日本で対策がなぜ遅れたのか WHOの1972年の発がん性指摘以来、1976年にはスウェーデン、1983年にはアイスランドがアスベストの使用を全面禁止している。日本でも1975年、労働者の保護を目的にアスベストが飛散して吸い込みやすい吹き付け作業が原則禁止されたが、「代替が困難」「管理しながら使えば安全」などとして、使用禁止に向けた動きは鈍く、アスベストの輸入量も1980年代後半に再びピークを迎え、1993年まで毎年20万トンを超えていた。アスベスト問題は「労災」と考えられていた。それが、一般市民にも影響を及ぼす「公害」ではないかとクローズアップされてきたのは、上記大手機械メーカーの発表が端緒だった。アスベストの付着した作業着を洗濯していた工場の労働者の妻や、アスベストが吹き付けられた店舗で長年勤務していた男性が中皮腫を発症して死亡していたことも、次々に明らかになった。アスベストの工場や鉱山で、健康被害が労働者だけでなく、家族や周辺の住民に広がっていることは、海外では1960年代から報告があり、旧労働省や旧環境庁などもこうした事実を把握していた。今後、具体的な検証が行われるが、日本国内の対応が後手に回っていたことは否めない。 1986年6月、スイス・ジュネーブで開かれたILO総会の委員会のアスベスト使用の国際基準を定める条約案を巡り、日本政府代表は「飛散対策に関する条文の削除を求める」と主張した。1960年代以降、アスベストが原因の中皮腫などの発生が各国で相次ぎ、ILOは1972年、アスベストの発がん性を認定し、1980年代に入ると、ドイツや英国など欧州ではアスベストの使用禁止に踏み切る国が増えていた。そんな中で、日本は「管理使用」の立場に立ち、「管理を徹底すれば、被害は出ないと思っていた」。「管理使用すれば飛散はない。だから条文は必要ない」との誤った判断があった。その大きな理由は、当時国内で建設ブームがあったことだ。「建材需要が急激に高まり、産業界は安価なアスベストを手放せなくなった」ためである。その結果、建設現場などでは、管理使用とは名ばかりだったことが明らかになり、都内の保育園では1999年、飛散防止策がないまま拡張工事が行われ、園児がアスベストを吸い込む被害が発生した。旧労働省、旧環境庁、旧通産省の縦割り行政の悪弊がアスベスト問題を置き去りにした。また、専門家の指摘もあったが無視されてきた。これは行政の重大な瑕疵である。 使用が一部禁止となったのは、1995年。全面禁止は2006年度中になる見込みだが、今後も日本では石綿と石綿製品の新規の使用が続くという。今回の規制は、2004年9月以前に販売された石綿製品の回収はいっさい義務づけていないため、2004年9月までに販売された石綿建材(スレートやボード類)が代理店から現場にある時期まで流通する。通常販売後2〜3年は市場に製品が出ると推定されている。今回禁止された石綿含有建材の消費が2006年頃まで残る可能性がある。また、2004年の日本の石綿の新規使用の制限は、建材と自動車製品の主要な10種類に限定されたもので、石綿布や石綿糸、その他の石綿含有建材(左官用材質)等は規制の対象とはなっていない。建築現場から石綿製品はなくならない。ジョイントシートやパッキング等も規制の対象でないため、機械関連での今後の石綿の新規使用が続く。「原則禁止」なのである。「管理使用が正しかったなら、今になって禁止する理由はない」のだから、今日のような事態に言ったことを考えれば、当時の判断は誤りだったと言わなければならない。 学校関係にも大きな問題点があった。校舎に使われているアスベストの有害性が問題となった1987年、旧文部省が実施した全国の公立学校の実態調査で、天井や壁用のアスベスト含有の吹き付け材10製品を、「アスベストではない」として対象外にしていたことが9月13日判明している。撤去対象から漏れたアスベスト含有10製品が、現在も多くの校舎に残っているとみられる。アスベストそのものを吹き付けた場合と同程度の有害性があるとされるが、文部科学省は9月12日の政府連絡会議で「学校内の対策はおおむね完了」と報告、再調査を実施しない方針という。アスベストそのものの吹き付けが禁止された1975年以降、代替品として普及していた15の製品名を挙げ、対象から除外するよう指示していたが、日本石綿協会などによると、このうち10製品については、1980年ごろまで5%程度の濃度で石綿が混ぜられていた。代替品の接着力を増すために、アスベストが混入されていたとみられ、代替品の品質が向上した後には、アスベストの混入はなくなったという。文科省は、アスベスト含有製品を対象外とした理由について、「今となっては分からない」としている。同省はアスベスト含有製品が使用されたとみられる1975年〜1980年ごろの新築・改築校舎数を把握しておらず、1987年の調査後、旧文部省は1988年、2003年、2005年に、損傷や劣化した吹き付けアスベストを撤去するよう通達し、撤去費用の補助制度も設けたが、10製品を撤去するよう指摘することはなかった。アスベスト含有10製品は現在、アスベストそのものを吹き付けたのと同様、厚生労働省が解体作業時の飛散防止など厳しい管理を義務付けていることとの整合性はどうなっているのか。専門家は、「アスベスト含有の吹き付け材は、飛散したアスベストを吸い込んだ人に健康被害を引き起こす危険性がある点で、吹き付けアスベストと変わらない。1987年の調査が、アスベストを放置する事態を招いた。再調査するべきだ」としている。 縦割り行政、アスベストに対して「管理しながら使えば安全」とした誤り、安全を第一に考えた規制がなされてこなかったこと、今後も国民の健康に深刻な被害が起こることが十分予想できているにもかかわらず、全面的な使用禁止にしてこなかったことが原因と言えよう。 これからどのような懸念があるか アスベスト問題は、一企業、業界の問題でなく、深刻な被害をもたらす国全体に関わる深刻な公害と考えなければならない。学校の天井・壁に使われていたボードが、床に使われていたビニルタイルが、自転車置き場の屋根に使われていた波形スレートが、もしかしたらアスベストを含んでいたのではないかと考えただけでも他人事ではない。関係企業の周辺地域のみならず大気への飛散が大きな問題になってくる(いる)と思われる。最もアスベストが使用された1970年代から30年が経過している。個人差が大きいとしても発症が吸引から約15〜40年前後とすると、これから数十万人以上の被害者が出てもおかしくないことは国全体として憂慮しなければならないことである。 列島改造による便利な生活より、何よりも人命が最優先されなければならないはずではないか。行政は「危険かも知れない」との指摘に対しては、能率や経済性より人命を重んじることに最善を尽くすべきではないか。今も毎日の生活環境の中に曝されているアスベストはどのように処理するのか。国が早急に指針を示さない限り、すでに問題視されているアスベストの不法投棄が更に重大な事態を引き起こしかねない。 いま、新たにアスベストが公害になり、日本人の命が危険に曝されていることを深刻に受け止め、政治や行政が自分たちの命を守ることに尽力しているか否か、アスベスト被害を行政がどのように責任をとるのか、厳しい目を向けていかなければなるまい。 便利さ優先のため、怠慢のために寿命を縮めるなんてまっぴらなことだ。 |
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