日々の抄

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 辞めるのは恥ずる事ではない

2013年1月30日(水)

  地方公務員が年度末を待てない「かけこみ退職」をしていることが問題視化されている。国家公務員の手当を減額する改正国家公務員退職手当法は昨年11月に成立。これを受けて総務省が全国の自治体に対しても、職員の退職手当の引き下げを要請し,各都道府県が条例を改正したため、職員の駆け込み退職の希望が相次いでいる。

  NHKの調査によると7つの県で450人余りの教職員や警察官らが早期退職をしたり希望していたりすることが分っている(1月23日現在)という。
 3月1日から職員の退職金が引き下げられる愛知県警では、退職予定の約290人のうち約140人が早期退職の意向を示している。2月中に退職した場合の退職金は、施行後と比較して、平均で約140万〜150万円の差が生じる。3月分の給料を差し引いても、約100万円多くもらえる見込みという。

   埼玉県では県議会が昨年末に改正条例を可決し、2014年8月までに平均約400万円が段階的に引き下げられ,改正条例は2月1日から施行され、今年度の定年退職者は3月末まで勤務すると、平均約150万円の減額となるという。2月1日の施行について、県人事課は「速やかな実施が必要」と説明している。埼玉県によると、今年度の県の定年退職者は約1300人(県警を除く)。このうち1月末での退職希望者は教員が89人、一般職員が約30人の計約120人という。

 今年1月1日に改正条例を施行した佐賀県では、施行前の昨年12月末に教員36人が退職。同様に1月1日付で施行した徳島県でも教員7人が退職していた。佐賀県教委は、退職教員の中に学級担任もいたため退職者を今年度末まで臨時的に任用。徳島県教委は、7人のうち教科担任だった5人について臨時教員を採用するなどして、いずれも学校現場での支障が出ないよう対処したという。
 京都府警の場合、条例改正案が施行される3月1日以降に退職した場合、退職金は前年度の退職者より百数十万円安くなる。府警ではこれに伴い、今春の定年退職予定者154人に対し、引き下げ前の2月末で駆け込み退職した場合に、3月の1か月間限定で「再任用」する案を提示している。定年退職予定者には署長ら管理職も含まれているため、府警は「駆け込みが相次げば警察業務の運営に支障をきたす」と判断したという。

  下村文科相は25日、「都道府県教委は、早期退職を希望する個々の先生に対し、慰留、説得をしてほしい」と述べ,埼玉県の上田知事は「約40億円のコスト削減になることを理解してない」として,早期退職者を非難する発言をしている。
  一方,兵庫県の井戸知事は28日、「年度途中に退職金制度を改正するということが一番の原因で、国の制度設計が悪い。解散のどさくさに紛れて成立した」と批判。条例改正を先延ばしにする選択肢については、「年度途中の制度改正なのでやむを得ない。財政再建中の県としては、国から許可を得て今年度250億円分の退職手当債を発行する。(国に反して)自由な判断がしにくい状況だった」と理解を求めている。

  公務員の退職金が民間と比べて400万円程度高額であることが退職金改定の理由らしい。だが,公務員になった頃は民間に比べ薄給だった。世の中が好景気で民間企業の高収入を恨めしくも感じてもじっと耐えてきたことを考えると,単に退職金だけで云々するのはおかしい。仕事をやめる段階だけで判断するのでなく,生涯賃金で比べそれでも民間に比べて高額に過ぎるなら納得できるのではないか。

  年度途中での退職で最も混乱をきたすのは教育現場だろう。きのうまで担任だった先生が退職金減額を理由に卒業式,終業式を待たずして退職すれば,「あの先生は自分たちよりお金のほうが大事だったんだ」と思われても不思議ではない。保護者からは「早期退職する教員は倫理観がない」「聖職者という意識が欠如している」などと手厳しい。
  だが,教員といえど霞を食べて生活しているわけにいかない。労働の対価として賃金をもらっている労働者でもある。教員の至らない点を人格を損ないかねないほどの糾弾をし,モンスターの名に恥じない「自己チュー」な保護者がこんなときだけ,教員を「聖職者」などということは片腹痛い。
  早期退職する教員に非難の言葉を浴びせている母親は自分の夫が教員であっても同じ言葉を発するか問いたい。「定数是正をお約束します」などと言っておきながら身を削る努力を実行してない政治家に,早期退職する公務員に対して無責任だなどと非難する資格はない。早期退職して得た100万円近い金額は臨時雇用で働いた場合の一年間の年収に相当することに気づいているのだろうか。

  年度途中で生徒,児童を放り出して早期退職教員の多くは,自己嫌悪と罪悪感を感じて辞めざるを得ない状況があるに違いない。積み残した住宅ローン,子供の進学教育費,親の介護など他人には言いたくない多くの事情を抱えているからこその苦渋の決断を出さざるを得ない結果だろう。40年近く務め上げた教員生活の最後がこんなことで辞めなければならないことの悔しさはどれほどだろうか。場合によっては終生,早く辞めたことの後悔を引きずることになるかもしれない。
  「みんなのことを放り出したくないが,どうしても早く辞めなければならない事情があって辞める。ごめんな・・・・」と語って辞める教員は少なからずいるだろう。街頭インタビューで女子中学生が「先生にも子供がいるんだから仕方ないよ・・・・」と語っているのを聞いて,少し救われる気持ちと寂しい気持ちが入り混じった気持ちになった。

 衆院選挙のごたごたの中で,年度途中に退職金制度を改正するという現場の混乱をきたす誤った政治判断が元凶である。長年まじめに勤務してきた公務員の最後に苦悩をもたらす様なことがあってはならない。臨時ないし非常勤勤務で年度末まで勤務できるようにするような知恵を行政は持ち合わせてないのだろうか。
 
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