日々の抄

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 妄言もいいかげんにせよ

2013年5月16日(木)

  橋下大阪市長が、戦時中の旧日本軍の慰安婦について「精神的に高ぶっている集団に休息させてあげようと思ったら慰安婦制度が必要なことは誰でも分かる」と語り,沖縄県の米軍普天間飛行場の司令官と会談した際に、「合法的な範囲内で風俗業を活用してほしい」と進言したという。また「日本軍だけでなく、いろんな軍で慰安婦制度を活用していた」とも語っている。
  他国も同様の行為があったからといって,旧日本軍が行ったことを肯定することに正当性はない。慰安所の設置や管理、慰安婦の移送や募集に軍の関与を認め、「多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」として、おわびと反省を表明した1993年の河野談話を批判している。

   これらの橋下氏の発言の布石は政府内にあったとも考えられる。4月23日の参院予算委員会で首相は「植民地支配と侵略」について反省とおわびを表明した戦後50年の95年の村山談話に関し、「侵略の定義は定まっていない」「侵略という定義は学界的にも国際的にも定まっていない。国と国の関係でどちらから見るかで違う」と述べ、村山談話で示された「侵略」という表現上の問題点を指摘。こうした首相の発言を「侵略の否定」ととらえた韓国側が猛反発。こうした状況を受け、安倍政権は沈静化も図るため,5月10日になって「歴代内閣と同じように村山談話全体を引き継ぐ」としている。

  その一方で「わが国はかつて多くの国々、とりわけアジアの人々に対して、多大な損害と苦痛を与えたと認識しており、この点は過去の内閣と一緒だ。同時に、わが国は過去をしっかりと認識しながら、深刻な反省の上に立って戦後の歩みを始めてきた。戦後日本の歩みや歴史について、正当に評価されるべきではないか」「ありとあらゆる外交ルートを使って、わが国の立場を理解してもらえるように、しっかりと説明していきたい。日本と韓国は価値と利益を共有する重要な隣国どうしだ。大局的観点から、未来志向の関係を構築することに努力したい」と官房長官は語っているが,村山談話に疑問を呈すれば韓国,中国が反発することは分かっているにも拘わらず,「本音」を語った事に罪がある。反発があったから態度を変えておきながら「未来志向の関係を構築」ができようはずがない。全く愚かな所業である。
  同様に,高市政調会長は村山談話に疑問を呈し,「侵略という文言を入れているのはしっくりきていない」「私は(戦争の)当事者とは言えない世代だから反省なんかしていない」としている。
  少なくとも日本から遠く離れた大陸に多数の兵器と軍隊を送り込んだ行為が侵略でなくてなんだというのか。

  首相は今回の就任前、従軍慰安婦問題をめぐる93年の「河野談話」見直しを示唆。就任後は外交面の配慮から見直しに関与しない考えを示しているが、第1次政権では「(A級戦犯は)国内法的には戦争犯罪人ではない」と明言しており、そうした考えは米国との関係を険悪にしかねない。

  橋本氏の今回の一連の発言は村山,河野談話を快しとしない政府関係者の代弁をしたとも思える。だが,彼の発言は国際的にも国内的にも認められるべくもなく,女性に対する侮辱,人権侵害であるとともに,韓国,中国を刺激することは見えている。政治に関わるものは個人の信条はさておいて「国益」を最優先した発言,行動が求められる。個人的な主義主張,信条を世間に訴えたければ公の立場を離れるべきである。

  橋下氏の今回のような米国にまで風俗を利用せよなどと余計な妄言をなぜこの時期に語らなければならないのか。
  理由のひとつは維新の会の衰退にありそうである。原発再稼働反対までは世間の衆目を集め連日マスコミで報道されていたが,最近は自ら「このままでは年内に維新は消滅するかも」としていた。このことから敢えてタブーに踏み込んで世間の注目を集めようとしていたのではないか。もうひとつは慰安婦問題を持ち出すことで韓国,中国からまた米国から反発が生じることにより現政権にダメージを与え,維新の会が政治の中心に躍り出よう画策していた気配がある。

  だが,慰安婦発言に対する猛烈な世論の特に女性からの反発は維新の会に決定的なダメージを与えたと思える。これからどのようにして事態の収拾を図っていくのか見物である。このような妄言を意図的に発する人物が代表である政党が国民から支持されるとは思えない。

  新聞川柳にあった「母上が慰安婦だったら何と言う」に同感である。自らの母,妻,娘が慰安婦だったかもしれないとしたら,「慰安婦が必要だった」などと語れる人がいるのだろうか。慰安婦が旧日本軍と関係した証拠がないからと否定しても,戦火の中でそのような書類は焼却され残されるべくもないと考えるのが妥当であり,戦後68年経過した今も慰安婦にされたと証言する女性がいることを受け止めるべきではないか。

参考までに慰安婦に関する政治家の発言を記しておく。
(97/4 安倍首相)
  当時、「実際には韓国にキーセンハウスが多く、そうした商売に多くの人々が日常的に従事していたため、(日本軍慰安婦の活動が)とんでもない行為ではなく、相当生活の中に溶け込んでいたのではないかとさえ思う」
(04/11 中山文科相)
  「歴史教科書から従軍慰安婦や強制連行という言葉が減って良かった」
(07/3/5 安倍首相)
  「官憲が家に押し入って連れて行くという強制はなかった」。「業者が間に入って事実上強制したこともあった。広義の解釈での強制性があったということではないか」。「国会の場でこういう議論を延々とするのが生産的とは思わない」。
(07/4/21自民・中山元文科相)
  慰安婦はほとんど日本の女性だった」。日本軍による「従軍慰安婦」強制を否定。「(慰安婦は)もうかる商売だったことも事実だ」
(11/11/1 朝日新聞)
  中曽根元首相が旧海軍の主計中尉のころ、ボルネオのバリクパパン(現インドネシア)で慰安所の設置に関与したことを示す旧海軍の資料を市民団体「平和資料館・草の家」(高知市)が入手し、発表した。中曽根氏は回顧録で「私は苦心して、慰安所をつくってやった」と記している(「海軍航空基地第2設営班資料」による)。

 
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