日々の抄

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 権力は教育へ介入するべからず

2013年9月3日(火)

  教育委員会が実教出版の日本史教科書を「不適切」と認定し,高校に選ばないよう求める動きがあった。地方教育行政法では教委に採択の権限があるが,これまで文部科学省の検定を通った教科書は従来,高校が選んできている。教科書採択は「生徒の学力,学校の実態をよく知る学校に任せるべき」と現場の教員が反発するのは当然であり,不適切であることの「客観的にして正当な理由」が説明されるべきである。

   実教出版の「高校日本史A」「高校日本史B」には,
「国旗・国歌法をめぐっては,日の丸・君が代がアジアに対する侵略戦争ではたした役割とともに,思想・良心の自由,とりわけ内心の自由をどう保障するかが議論となった。政府は,この法律によって国民に国旗掲揚,国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし,一部の自治体で公務員への強制の動きがある。」
との記述がある。

  埼玉では,県立高校10校が平成26年度から使用を希望したが,8校が採択。清水教育委員長は「大事なのは子どもが多角的な考え方を身につけること。子どもを一番よく分かっている先生が決めたことを受け止めたい」と話している。
  東京では,「使用は適切でない」との通知を出した結果,使用を申請した学校はなかった。
  大阪府では,陰山教育委員長が「学校現場の判断を尊重したい。不採択はあまりにもハードルが高い」との認識を示し,8校が使用を希望しており,府教委が疑義があるとする部分について,「教科書の記述を補完する具体策を各校に実行させること」を条件に採択。
  神奈川では,県立高28校の校長に対し,県教育委員会が,実教出版の教科書の国旗国歌をめぐる記述を問題視して使用の再考を求め,結果すべての学校で他の出版社の教科書を採択。県教委が校長側に再考を促す際,「採択の結果発表で実教出版を希望していた学校が明らかになれば,さまざまな団体からの働き掛けで混乱する可能性がある」と伝えていたことに対し,県教委は「脅したわけではない」としている。
  県教委定例会では,複数の団体が「不当介入」「暗に右翼の街宣車が学校に来ると示唆した」「現場教員の選定を尊重すべきだ」などと県教委を批判する請願を提出されているという。
  校長が再考を促されると,翌日出勤していた社会科教諭が独断で別の出版社に変えるという異常事態があったという。

  今回の一連の採択問題には布石があった。自民党の教科書検定の見直しを検討している部会が5月末,東京書籍,実教出版,教育出版の社長や編集責任者から編集方針などを聴いた。自民党国会議員約45人も参加したというから,教科書会社にしてみれば「圧力」と感じても不思議ではない。
  参加した部会主査のブログには次のように書かれている。「南京虐殺の30万人説」を記述していることを質された某社が,「南京の虐殺記念館に30万人と[書かれている]ことは事実。」と言い放ったら,一時会議室が騒然となりました。典型的な事実のすり替えであり,このような人たちに教科書を委ねるわけにいきません。」などとしている。
  部会幹部などによると,この日の会合は非公開で約1時間20分続き,竹島などの領土問題,原発稼働の是非に関する記述についても「経緯の説明が足りない」「偏っている」などの意見が出たという。
  日本出版労連の抗議に対し,自民党側は「圧力ではない」としているが,45人もの議員に数人の教科書会社関係者が取り囲まれ,「偏っている…」などと一方的な論理を突きつけられ,言われ続けたことが「圧力」「脅迫」でなくて何なのか。選挙で多数を得て自分たちの主張だけが正しいというような思い上がりと傲慢さが見える。
  このような布石が,実教教科書採択にあたり各教育委員会に軋轢を与えていたことは間違いないだろう。

今回の教科書採択について3つの問題点がある。
その1:今回の問題とされる教科書はすでに文科省によって検定を通っているのである。教科書の採択は学校側にあることが通例で,これを侵害することは,学校が持つ教育課程の編成権の侵害にもなり得るのではないか。黙って聞いていれば検定そのものに問題があり,教育委員会がこれを否定できるかのような思い違いがあるのではないか。

その2:学校から申請が行われる前に教育委員会から,実教教科書は採用しないようにという意味の通告がなされていることには大いに問題がある。事前にそうしたことを行うことは教科書に対する「検閲」に匹敵する行為で断じて認めるわけに行かない。

その3:教科書採択が外部からの圧力,たとえば「右翼の街宣車が学校に来る」,「校名が公表されれば混乱も予想される」などと脅迫紛いの行為により教科書の採択が左右されることは,教育現場がある種の「力」によって支配されており,民主的な教育が侵害されている。


  教科書の採択のみならず,中学の副読本でも内容の書き換え問題が起こっている。
  都教委は本年1月末,高校日本史の副読本「江戸から東京へ」で,1923年の関東大震災直後に起きた朝鮮人虐殺に関する記述から「虐殺」などの文言を来年度版から修正すると発表。都教委高校教育指導課は,朝鮮人虐殺の記述変更について,担当者は「いろいろな説があり,殺害方法がすべて虐殺と我々には判断できない。虐殺の言葉から残虐なイメージも喚起する」とし,副読本を監修した専門家には相談はなされてないという。

  また,横浜市教委が中学生向けに配布している副読本『わかるヨコハマ』に関東大震災の発生直後「軍や警察などが朝鮮人を迫害,虐殺したほか,中国人も殺傷した」という記述があった。一部の市議が「子どもたちの歴史認識に悪影響を及ぼしかねない」として修正を要求しているという。横浜市教委はこの副読本改訂時に誤解を招く表現をよく確認せずに了承し,上司の決裁も怠ったとして,指導企画課長を戒告の懲戒処分にしている。市教委は歴史認識に関わる問題として,事務処理ミスとしては異例の重い処分にしたという。

  権力による教育に対する介入がひたひたと近づいている。「誤った歴史観」「偏っている」などは見解の相違であり,都合の悪いことは「なかったことにする」という意志が見え隠れする。自民党の一党独裁があちこちで権力の刃を教育界に突きつけている印象を否めない。
  このままでいいのだろうか。教育現場で何も言えなかった,かつて日本が歩んで来た暗い時代に突き進んでいく気がしてならない。
 
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