サマータイムの功罪 |
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2018年8月25日(土) 東京五輪・パラリンピックの暑さ対策の一環として、全国一律で夏の生活時間を1~2時間早める「サマータイム」の導入を政府が検討するという報道があった。その主な理由は、オリンピックでの酷暑対策として、マラソンの開始時間が午前7時であるが、サマータイム導入で実質午前5時になって涼しいうちに競技を終えることが見込めるという。なんのことはなく、実質的に現在の時刻で5時に開始したければ何もサマータームを設けることなく、5時に開始すればいいだけのことだろう。 朝日新聞(8月4・5日)の調査によると、サマータイムに賛成53%、反対32%、わからない・答えない15%だそうで、賛成者が多いからいいじゃないかと思いそうだが、サマータイム導入の功罪を示してみたい。 █ 健康面などへの影響 (1) 睡眠不足で深刻な健康被害が懸念される 「人間の体内時計は、睡眠リズムを『後ろに動かす』のは簡単にできても、『前に動かす』のは難しいという特徴がある。そのため夏時間に入って強制的に早起きさせられても、その分、簡単には早寝することができず、睡眠不足に陥りやすい。ただでさえ、日本人の平均睡眠時間は、8時間超を確保しているOECD諸国に比べて1時間も短い(*注)。ここからさらに2時間の前倒しで睡眠時間が削られれば、深刻な健康被害のリスクが高まる」(国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部長三島和夫氏) (*注) 睡眠時間比較:1位 南アフリカ9時間13分、2位 中国 9時間02分、3位 エストニア 8時間50分 ……27位 日本 7時間43分。 日本は、午後10時以降起きている人 は85%(2010年)。 日本の子どもの睡眠時間:14~17歳の推奨時間(米 国立睡眠財団)が8~10時間に対し、15~19歳では平均7時間40分。 不登校児童の約40%に「体内時計の乱れ」があり(2012年日本睡眠学会)、 不登校増加、9月新学期の自殺増加が懸念される。 ・「睡眠不足になる」理由は 1 人間の睡眠時間は、冬長く夏短い。さらに睡眠時間が減ることになる。 2 早起きを勧められても暑くて寝られない。(2012年「サマータイム健康に与える影響」より) ・「睡眠負債」が増える。 ワーキングメモリー(前頭葉の一時的に情報を記憶する機能)が低下。サマータイムで不眠になると、鬱病になりやすくなり心と体を蝕む。(精神科医 西多昌規氏) ・認知症リスクが増加する 高齢者の睡眠不足が原因。不眠によるストレスが加わり、肥満のリスクが増える。睡眠不足は食欲のスイッチがオンになる。 さらに、感情を抑える「前頭前野」、感情を出す「扁桃体」のつながりが切れることにより、キレやすくなったり、イライラしやすくなる。 (2) 外国での例 ・スウェーデン 1987~2006年にスウェーデン国民を対象にした調査では、夏時間が始まった直後の3日間に心筋梗塞発症率が5%高まった(スウェーデン医学論文)。生活リズムの急激な変化による睡眠時間不足などから、心臓の血管に悪影響を受けた結果と考えられる。 ・英国 サマータイム制度が一時休止された後に再導入された1970年代のデータに基づく研究で、再導入後、傷害を伴う交通事故が10.8%増加した。 ・ロシア サマータイム開始時、心筋梗塞増加で救急車出動増加した(2012年日本睡眠学会資料)。1989~30年間実施していたが、 2011年サマータイムを中止した。 ・クロアチア 2012年以降もサマータイムが心筋梗塞の発症リスクを増やすことを示す研究が発表されている。クロアチアでは3月の最後の日曜日からはじまって、10月の最後の日曜日で終わるが、2412人の急性心筋梗塞患者を解析した結果、3月のサマータイム開始後の最初の平日の4日間では心筋梗塞の発症が1.29倍に、10月のサマータイム終了後では1.44倍になることが示されている。 ・オーストラリア 主に10月上旬から4月下旬 1時間進めることにより、時間変更後、自殺が増加した。体内時計のずれが原因と考えられる。 ・ドイツ 3月下旬から10月下旬に1時間進ませる。交通事故が 6.0%増加した。 ・フィンランド 睡眠効果(眠ろうとする時間に対して寝ている時間の割合)が10%低下(2006年フィンランドの研究から)。 ・イギリス 交通事故増加が10.8%増加した。 体内時計を同調させるのには約3週間必要。早い時間の代謝で、夕方の自然に当たりことにより寝る時刻が遅くなる。早起きし、ボーとしているためと考えられる。 █ 経済効果 ・3カ月2時間時計を進めると 年間の家計(名目)消費 0.3%増(約7500億円)(→2017年度の名目家計消費246兆円)となる。 だが、睡眠不足が労働者の生産性を低め、経済的にマイナスという研究がある(2016年の非営利研究機関ランド・ヨーロップの研究)これによれば、7時間以内の睡眠によって、日本の経済活動はGDPの 3% 程度の損失があるという。 サマータイム推進の経済効果に対して、損失はひと桁大きいことになる。 █ 日常生活への影響 ・スマホ、TV、PC などの時刻変更はすべて自前か。メールの受送信の不具合、病院でのカルテの共有ができなくなる可能性があり、その影響は深刻。 ・カーナビで、時間帯による交通規制、サマータイム実施時で駐車場の使用時間の不具合。 ・IT関係:日付や時刻に関わるすべてのシステムに影響する。西暦2000年問題が記憶に新しい。サマータイム初日は1日が24時間よりも短くなるため、「日付変更の時期によって金利計算が変わるなどの影響を確認する必要がある」(日本IBM)。 IT業界で働くエンジニアたちの労働実態は、「情報通信業」で働く人たちの「年間総実労働時間」は1933時間と、全産業(1724時間)より1割以上多い(厚労省「毎月勤労統計調査」2016年)。IT関連の関係者への負担は計り知れない。 ・「仕事終わりが早くなることで、家族団らん、余暇の利用が期待できる」などということを数少ないサマータイムの利点と考える人がいるが、定時退社が17時のひとにとって、サマータイムで実質15時退社となったとすると、「太陽がギラギラした時間帯に帰宅するなら、涼しい仕事場で残業している方が楽」と考えるひとが多ければ、実質的に労働時間が増えるだけになりかねない。下手をすると、1日10時間労働が当たり前になりかねない。 日本では、GHQの監視下の1948年(昭和23年)4月28日に公布された「夏時刻法」に基づき、同年5月2日の午前0時から9月11日にかけて初めて実施された以後、毎年5月(ただし、1949年(昭和24年)のみ4月)第1土曜日24時(= 日曜日0時)から9月第2土曜日25時(= 日曜日0時)までの間に夏時間が実施されたが、1951年(昭和26年)度はサンフランシスコ講和条約が締結された第2金曜日の9月7日で打ち切られた。 残業増加、睡眠不足、4、5月に氷点下の寒冷地でのサマータイムの違和感(1949年「こたつで迎えた“夏時刻”北海道では雪まで降った」の記録も残っている)。 サマータイム開始時、読売新聞1948(昭和23)年4月10日の「サンマー・タイムの可否を世論に問うた結果」によると可54.3%、否37.0%、中間8.7%の結論を得ている、だったが終了時、同紙1951(昭和26)年7月27日の世論調査では、「サンマー・タイムが来年も続けて実施されるのに賛成か、反対か」に対し、賛成は23.4%。反対は74.8%だったという。 サマータイム導入時の世論調査での70年前の賛成54.3%と今回の調査結果53%がほぼ同値であることは興味深い。 オリンピックのためにサマータイムを導入したために、国民の健康が案じられ、場合によっては命の危険さえはらんでいることを考えれば、サマータイムをやらずに、「マラソンは午前5時からスタート」すればいいだけの話。ただ、交通機関だけは始発時間を早める必要があるなら、終電も早くすることだ。 だいたいにおいて、体温を遙かに超えて41度までも気温が上昇し、年によっては台風が多発する時季にオリンピックをすることが間違っているのではないか。酷暑対策だけなら秋に開催すればいい。たぶん、どこかの国の都合でそれができないのだろうが、開催国として主張できないことは情けないことだ。かつて、女子マラソンでフラフラになってやっとゴールインしたアンデルセン選手のような選手が続出しないことを願うのみだ。 「日本人は勤勉だから心配ない」、「戦後サマータイムが朝日新聞のクレームで中止になった」などと、根拠のない、脳天気なことを言っている政治家がいることは心さみしい限りだ。 |
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