日々の抄

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 「一億総活躍社会」の実現があきれる

2018年8月29日(水)

 障害者雇用促進法(注1)に基づく障害者雇用に反する違法な運用がなされていたことが発覚した。心身に障害がある人たちの働く機会を保障し、地域でふつうに暮らしていける社会を目指し、1976年までに国や自治体、企業などに達成が義務づけら、当初は対象を身体障害者に限っていが、98年7月から知的障害者、今年4月から精神障害者が加わった。
その雇用義務割合は
                                以前  H30年4月    H33年4月
民間企業                     2.0     →   2.2    →   2.3%
国、地方公共団体等        2.3    →   2.5    →    2.6%
都道府県塔の教育委員会 2.2    →   2.4    →    2.5%
である。
 
 現在の法定雇用率(注2)は2.5%。厚労省は国の33行政機関の障害者雇用数について昨年6月時点で約6900人とし、当時の法定雇用率(2.3%)を達成したとしていた。
 ところが、国土交通省や総務省などの中央省庁が義務付けられた障害者の雇用割合を四十二年間にわたり水増しし、定められた目標を大幅に下回っていた。障害者手帳を持たない対象外の職員を算入する手法が使われ、国の雇用実態は公表している人数の半数を下回る手法が1976年に身体障害者の雇用が義務化された当初から恒常的に行われていた。 以下、関係機関の水増しの実態を記しておきたい。

█ 水増しの実態

中央官庁
 厚生労働省によると、去年6月の時点で、調査対象となった各府省庁など合わせて33の行政機関のうち、8割にあたる27の機関で合わせて3460人が、障害者手帳を持っていないのに障害者として数えるなどの水増しがあった。これにより、実際の雇用率は1.19%となり、当時の法定雇用率、2.3%を大きく下回り、17の機関で雇用率が1%未満になる。
 
中央官庁で水増し人数の上位は、
 国税庁 1022.5人(0.67%)(注3)、国土交通省 603.5人(0.70%)、法務省 539.5人(0.80%)、防衛省315人(1.01%)、財務省170人(0.78%)……以下続く。厚労省は「故意の水増しはなかった」と明らかにしたが、障害者雇用者数の算定にはミスがあり、実際に働いている職員数の方が多く、昨年6月1日時点の障害者雇用率(2.76%)は上がる見通しという。
 中央官庁で水増しがなかったのは、警察庁、金融庁、内閣法制局、原子力規制委員会、個人情報保護委員会の5機関のみで、すべての省の名のつくところで水増しがあった。
 昨年の段階での国、地方公共団体等の法定雇用率である 2.3% を満たしていたのは、内閣法制局、警察庁、金融庁、厚労相、海上保安庁、原子力規制委員会の6機関のみである。

衆参院事務局
 衆院事務局10人、参院事務局で16.5人、国立国会図書館で10人の合わせて36.5人だった。国会では、去年6月の時点で合わせて80人余りを雇用したことになっていたが、半数近くが不適切な計上だった。

裁判所
 去年の裁判所全体の障害者雇用率は2.58%となっているが、裁判所でも法律で定められた雇用率2.3%を下回る可能性が高まっている。最高裁は近く再調査の結果について公表する見込みという。

 省庁からは「拘束時間が長く、突発的な仕事が多いため」などみっともない言い訳があり、民間には法に反すればペナルティーを果たしている張本人は、自分たちだけは特別の存在という思い違いがあるのではないか。

地方自治体
 47都道府県(教育委員会などを含む)の中で、青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島、茨城、栃木、埼玉、千葉、山梨、富山、石川、福井、長野、静岡、兵庫、奈良、島根、広島、徳島、香川、愛媛、高知、佐賀、長崎、大分、熊本、宮崎、沖縄、計30県で障害者手帳を確認しないまま不適切に雇用率に算入していた。
 厚労省によると、昨年6月1日時点で都道府県(教育委員会を除く)では約8600人、市区町村(同)では約2万6400人の障害者が勤務。雇用率はそれぞれ2.65%、2.44%で、当時の法定雇用率2.3%を上回ったとしていた。
 市の例では、船橋市はガイドラインに反し、10人を障害者に算入。市長部局が5人、教育委員会が4人、病院局が1人であり、市によると、「障害がある可能性がある」と自己申告した職員を含めるなどし、障害者手帳の有無も確認していなかった。この結果、同市の障害者雇用率は市長部局2.37%、教育委員会2.04%、病院局1.50%となり、いずれも法定雇用率を下回っている。
豊川市は障害者手帳の有無を確認せずに22人を精神障害者として雇用数に算入、豊橋市は通常の医療機関の診断書などに基づき9人を身体障害者としていた。

警察
 1府2県の警察本部も障害者雇用を水増しして計上。たとえば、
三重県警
 障害者手帳を持たない6人を、県の指定医や産業医の診断書も確認せずに、2017年度の障害者雇用率に算入。また、障害者の雇用率を算定する職員の母数についても非常勤職員およそ100人を含めていなかったとして、昨年度の障害者の雇用率を2.26%から法定雇用率の2.3%を大きく下回る0.71%に修正。
神奈川県警
 本来は算入できない警察官を含めて一般職員の障害者雇用率を計算していた。法定雇用率(2.5%)を超える2.55%と厚生労働省に報告した本年度の雇用率は、実際には1.8%だった。
大阪府警
 報告の半分以上が障害者手帳持たず、一般職員と非常勤職員合わせて63人のうち、半分以上にあたる36人は障害者手帳を持っておらず、診断書も確認していなかった。肝臓や心臓など内臓に疾患がある人を本人に無断で計上していた。これによって障害者の雇用率を、法律で定められた2.3%をわずかに上回る2.35%と報告していたが、実際には1.1%で、すでに修正し報告したという。

█ 何が原因だったのか

 民間企業に対しては障害者雇用に対する要件を満たさなければペナルティーを果たしているにもかかわらず、障害者雇用を率先垂範すべき中央官庁を含め、国の三権すべてでインチキをやっていることは到底許しがたい行為で、障害者ならず国民からの信頼を裏切る背信行為である。

  原因の一つは、厚労省が雇用状況を確認する際に毎年出す通知だ。障害者の確認方法について、昨年まで「身体障害者とは、原則として身体障害者手帳の等級に該当する者」と説明。ガイドラインと一部が異なっていた。そのため多くの自治体が「『原則として』とあったので、必ず手帳が必要と思っていなかった」などと「拡大解釈」していた。
 厚労省は今年5月に出した通知から「原則として」の文言を削除。障害者雇用対策課の松下課長は「説明をよりわかりやすくするため」と答えたが、今年から削除した理由は「現時点では回答しない」としている。

 水増し行為は、障害者への蔑視、軽視、障害者雇用への意識の低さではないか。まじめに取り組んで、ペナルティを年間 1000万円を越えて払っている民間企業がいることを考えれば、中央官庁の違反に対し、関係部署の担当者、責任者、大臣にも同様のペナルティを定めるべきである。

 2014年に厚労相所管の独立行政法人・労働者健康福祉機構(当時)が障害者雇用率を水増ししたことが発覚した際、同省は当時の幹部職員3人を刑事告発し、関与した他職員も減給や停職などの処分をした。これと同様ないしそれ以上のペナルティがない限り、公務員が「自分たちは特別な存在なのだ」などととんでもない思い違いをしていることにつながる。

█ 「一億総活躍社会」に反しないのか

 当該省庁の大臣の多くが「遺憾に存じます」などと他人事のように語っていることは腹立たしい。「遺憾」は「残念である」と同義語であり、陳謝の意味をもたないことを知るといい。
 厚労相が率先して、障害者を雇用する施策を講じことは当然だが、根本問題は「障害者の雇用を阻害している」ことの現実を直視できるかどうかにかかっている。
 厚労省は、「条件を満たさずに雇用している職員を解雇するつもりはない」としているが、法定雇用率を満たすために新たに障害者が雇用された場合にどのようなことが起こるのだろうか。


 今回問題になっている障害者雇用の不正は、障害者への弱いものいじめであることを関係者は猛省しなければなるまい。仕事を求め社会に参加したいと願っている人物が自分の家族だったらどうするだろうかという想像力が求められているのではないか。

 こんなことが罷り通っている現実を見ると、「一億総活躍社会」などという言葉を唱えている政治がちゃんちゃらおかしく聞こえてくる。また、国を挙げて障害者の雇用を阻害しているのに、2年後の「パラリンピックを成功させましょう」などと政府がいう言葉が白々しい。


(注1) 障害者雇用促進法
 身体障害者、知的障害者、精神障害者を一定割合以上雇用することを義務づけた法律。正式名称は「障害者の雇用の促進等に関する法律」(昭和35年法律第123号)。障害者の雇用機会を広げ、障害者が自立できる社会を築くことを目的とする。職業リハビリテーションや在宅就業の支援など障害者の雇用の促進について定めている。1960年(昭和35)に「身体障害者雇用促進法」として制定された。当初、障害者の雇用は事業主の努力目標であったが、1976年に法的義務となった。1998年(平成10)には、身体障害者に加えて、知的障害者の雇用が法的に義務化された。
 2013年(平成25)6月の改正では、2018年4月から雇うべき障害者の範囲に、そううつ病や統合失調症などの精神障害者が加わる。また2016年4月からは、募集、配置、昇進、賃金などにおける障害者の差別が全面的に禁止となる。差別があったと障害者が苦情を申し出た際には、事業主は自主的に解決を図るように努め、解決しない場合には、紛争調整委員会で調停する仕組みが導入される。

(注2) 法定雇用率
  障害者雇用促進法は、民間企業に一定割合以上の障害者を雇用することを義務づけている。厚労省は4月、発達障害者を含む精神障害者も雇用義務の対象に加え、法定雇用率を2.0%から2.2%に引き上げた。昨年6月時点で企業の実雇用率は1.97%。義務を課す企業は従業員50人以上から45.5人(短時間労働者を0.5人に換算)以上に4月から広げられた。 従業員100人超の企業は、法定雇用率未満の場合、不足する人数1人あたり月5万円(一部経過措置あり)を国に納めなければならない。法定雇用率を超えて雇用すると1人あたり月2万7千円が支給される。100人以下の企業は、別の基準で報奨金が支給される。

(注3)
障害者雇用は、その程度などによって、1人の障害者を「2人」や「0.5人」と数える場合がある。
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