日々の抄

       目次    


 年金制度は崩壊しているのか

2019年6月18日(火)

 長い間、老後の生活を公的年金だけでやっていけるか否か、不安と疑問に思っていた国民が多かったと思われるが、金融担当大臣から諮問された、金融審議会市場ワーキング・グループ(WG)が今月三日公表した報告書「高齢社会における資産形成・管理」による報告に衝撃を受け、物議を呼んでいる。

 新聞で『人生100年、年金頼み限界 金融庁試算「貯蓄2000万円必要」』の文字を見て、衝撃を受けた国民が多かったに違いない。その理由は、「貯蓄が2000万円などできようがない」「年金100年安心プラン」というのは嘘だったのか、というものだろう。

 上記報告書によると、「年金だけでは老後の資金を賄えず、95歳まで生きるには夫婦で2000万円の蓄えが必要」「少子高齢化で年金の給付水準の調整が予想され、不足額はさらに拡大する」「人生の段階別に資産運用、管理の心構えが必要で、運用方法として”つみたてNISA”や”iDeco”を例示」などというものでである。

以下、疑問点を挙げてみたい。
(1) データの出展は何か。
 出展は、『 家計調査報告(家計収支編)―平成29年(2017年)平均速報結果の概要―』
https://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/nen/index.html
にある、「家計収支の概況(二人以上の世帯)」の中の『二人以上の世帯のうち無職世帯の家計収支』で、『家計調査報告(家計収支編)平成29年(2017年)II 世帯属性別の家計収支(二人以上の世帯)』
https://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/nen/pdf/gy02.pdf
にある、『図U−1−4 高齢夫婦無職世帯の家計収支 −2017年−』を引用して具体的な家計収支を示したものである。

 つまりは、いろいろな家庭環境がある中の、「夫 65 歳以上,妻 60 歳以上の夫婦のみの無職世帯」 だけについて述べているにすぎない。

 それぞれの支出費目の数値は、アンケート調査による消費支出合計額 235.477円に対する割合、金額として、
食料       27.4%(64,444円)
住居       5.8%(13,656)
光熱水道    8.2%(19,267)
家具・家事用品 4.0%(9,405)
被服及び履物  2.8%(6,497)
保健・医療    6.6%(15,512)
交通・通信    11.7%(27,576)
教育 0%
教養・娯楽    10.6%(25、077)
その他       22.9%(54、028)
(内、交際費 11.6%)
非消費支出 28,240
合計 263,717円

収入
 社会保障給付 191,880,その他 17,318 合計 209,198である。

 つまり、「毎月 54,519円の赤字になる」というものが大々的に報じられた。これに老後35年分に必要になるのが約2000万円ということだろう。
 だが、自宅に居住し、家具、被服を新調せず、外出を控えるような生活形態の月には、これより57000円程度支出が少なくなるから、辛うじて赤字にはならないという見方もできる。

(2) 調査対象の対象地域、世帯数、年金受給の種類はいずれか。
 『家計調査年報(家計収支編)平成29年(2017年) 家計調査の概要』
の中の、『調査の概要』
https://www.stat.go.jp/data/kakei/2017np/gaiyou.html
によると、

 全国462市町村、23,724世帯(2人以上世帯)+2121世帯(単身世帯)で、対象世帯は、任意に選ばれているので、「厚生年金受給と国民年金」、「国民年金のみ」の受給形態に関わらず対象としていて、上記の収入合計 209,198円はこれらを敷きならした金額なので、厚生年金を受給している世帯はこれより高額、国民年金のみの受給世帯ではこれより低額になることは自明である。

 収支決算で、54,519円不足により、60歳で定年になった後、95歳までの必要額が2000万円必要かどうかは、一概に決められないことは明白である。国民年金のみ受給しているひと(月額平均 55,615円、最大・40年支払った場合で64,941円である)は、上記の支出のままなら、2000万円では不足することは明らかだろう。

(3) 報告書「高齢社会における資産形成・管理」は何のため出されたのか。
端的に言えば、今までの年金制度だけで寿命の延びた今後の老後生活は賄いにくいので、「自助努力」せよということ。
 具体的には、20年間非課税で投資できる「つみたてNISA」や、個人型の確定拠出年金「iDeCo(イデコ)=60歳以降は利用不可」を勧めている。報告書に参加したメンバーとして、作成に金融機関関係者、議論参加者に「日本取引所グループ、日本証券協会 投資信託協会、信託協会全国銀行協会、生命保険協会」などが参加していることから、報告の目的は、老後の生活への年金制度の崩壊、公助から自助の段階に至っていることを訴えたいということなのだろう。

(4) 「年金100年安心プラン」は何だったのか。
 この言葉を、多くの国民が「100年間は年金で老後の生活を保障してくれる」と思ったに違いない。ところが、実体は違った。「100年間は制度が安心」つまり、年金支給額がいくら減ってもシステムそのものは「安心」なのだそうだ。まったくのペテンにかかった気がする。少なくとも、生活に喘ぐであろう国民が多数出ることが予想できるなら、国として誠実に施策を考えるものと信じていたが、言葉で騙された失望感は、「政治家を見たら嘘つきと思え」という言葉に真実みが増してくる。

(5) 政府は報告書が「著しい誤解や世間への不安を与える。政府のスタンスと違う」としていることについて。
 いろいろな家庭経済の種類がある中の一例として、老後5万円近く不足するとしたことの出展は、厚生労働省にあることを忘れているのではないか。何が誤解なのか、政府のスタンスとは何か。厚労省は政府機関なのではないか。「著しい誤解や世間への不安を与える。政府のスタンスと違う」ことは当たらない。
 
 18日の報道によると、『 報告書に採用された試算とは別に、金融庁が独自に「30年間で1500万〜3000万円必要」』とする試算を行い、WGに提示していたことが判明した。麻生金融担当相が報告書を「公的年金で老後生活をある程度賄えるとする政府の政策スタンスと異なる」としたが、金融庁も公的年金を補うのに必要な具体額をはじいていたことになる。「公的年金で老後生活をある程度賄える」ことの証拠はどこにあるのか、担当相として明示してほしい。

 自分が年金を受給しているか否か理解してない麻生金融担当相が報告書を「…… 政府の政策スタンスと異なる」としても、所管の金融庁が「公的年金を補うのに必要な具体額をはじいていたことになる」。
 麻生氏は、今回の報告書を受理しないなどという信じがたい行動に出ている。自ら諮問したWGの報告書を受理しないなどということは前代未聞の事態であり、政府にとって都合の悪い報告書を受理しないこと、つまりは、政府に忖度した都合のいい報告のみ受理することであり、諮問会議の意味を有しないことになる。
 
 麻生氏は、6月4日には「100歳まで生きる前提で退職金を計算しているのか?」などと記者にエラソーに語っていたが、退職金額を労働者が決められるわけがない。その言葉は、国家予算の5倍近い企業留保金(2017年446兆円 )を保有している大企業経営者に向けて話すべき言葉ではないか。
 
 「全国で不安が広まったので、打ち消しにかかったが、ずっと続いているので(報告書を)受け取れないと判断した」という、その不安の材料を作り続け、年金の将来を検討してこなかったのはいったい誰だったのか、政府与党は自問するといい。
 報告書を謙虚に受け取って、長期政権与党として今後の年金制度をどのように変えていくかを提案することが金融担当大臣の仕事なのではないか。責任回避も甚だしい。そんなことで国民が納得するとでも思っているのだろうか。

 官房長官は、「三十年で二千万円」の試算について、「WG独自の意見であり、政府見解ではない」と説明しているが、麻生金融大臣が答申を求めたWGの報告が、政府見解ではないなら、いったい12回にも亘って議論を交わしてきたのは何だったのか。政府に都合にいい場合だけ報告書を認めるなどということはあってはならない。現政府の了見の狭さ、自分たちの保身を優先し、国民の生活を蔑ろにしている姿勢は許しがたい。

 自民党二階幹事長は「我々選挙を控えておるわけですから、そうした方々に迷惑を許すようなことのないように注意したい」と語っているが、この言葉は、先に辞任した復興大臣が岩手県で、「復興より政治家の方が大事」と語っていたことと同根である。

 自民党森山国対委員長は、WG報告書について「政府は受け取らないと決断した。報告書はもうない」「報告書はもうないから、予算委にはなじまない」「報告書を受け取らないのだから、参院選の論点になりようがない」、と述べている。与党に都合の悪い結果は「ないこと」にするなどとは正に「隠蔽工作」そのもので笑止千万。子供だましのようで滑稽ですらある。
 
(6) 高齢者の貯蓄額はどれほどなのか。 
 配偶者がいる夫婦二人分での貯蓄金額は、
 今年60歳となる男女2000人アンケート PGF生命の調査によると
 100万円未満     24.7%
 100〜300万円   11.3%
 300〜500万円    6.3%
 500〜1000万円  11.1%
 1000〜1500万円 10.4%
 1500〜2000万円    3.5% ここまで 全体の67.3%
 2000〜2500万円  7.6%
 2500〜3000万円  1.6%
 3000〜5000万円  8.7%
 5000〜1億円    6.9%
 1億円以上 8.1%
 
 平均額 2956万円で、2000万円以下が67.3%という結果から、老後35年間で年金以外に2000万円が必要というWG報告書に満たない国民のなんと 約2/3強が生活に窮するということ。また、金融庁がWGに提示していた3000万円以上は23.7%、つまり国民の約3/4が生活に窮することになる。これが現実である。 
 
 
 政府は、「(報告書に)不適切な表現があったのは事実。受け取らないということになるので、政策遂行の資料に今後なることはない」とし、関係者の責任の追及などと愚かしいことを述べてるが、WGの報告書に偽りはない。今回の報告書のいわんとするところは、現行年金が「賦課方式」では立ちゆかない。白旗を揚げたということだろう。

 1973年以降、人口が減少していることに何ら有効な手立てをとってこなかったこと、賦課方式で年金が潤沢だった時期に、グリーンピアをはじめとする収支結果を考えない箱物を作る豊満会計を続けてきたことなどが、今日の多くの国民を窮地に追い込まんとしている原因として挙げられるが、誰ひとりとして責任をとってないのではないか。今回の報告書は事実を国民に突きつけ、今後の年金方式を与野党に関わらない論議が必要であることを訴えているのではないか。
 
 
 少子高齢化がますます進む情勢の中、行き詰まった年金制度は、従前の賦課方式(年金支給のために必要な財源を、その時々の保険料収入から用意する方式 )から、積み立て方式( 将来自分が年金を受給するときに必要となる財源を、現役時代の間に積み立てておく方式 )に転換することを検討しなければならない時期に来ている。
 転換に必要な一定の時期に現役世代は両方を負担しなければならないが、一方を国債で賄い、長期間をかけて返済する仕組みが必要になる。これは専門家によって論じられていることである。
 

 政権与党は選挙のために、年金に関わる事実を隠蔽したり、5年に1度おこなわれ、6月までに発表されるはずの公的年金の「財政検証」公表が参院選に不利益として先延ばしにするなどという姑息なことはやめてもらいたい。

<前                            目次                            次>