日々の抄

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  汚染水の海洋放出判断は妥当なのか

2023年8月22日(月)

█ 汚染水の海洋放出判断は妥当なのか
 福島原発で発生した汚染水(処理水と言い換えているが汚染していることは間違いない)をついに海洋放出することを政府が決定したという。政府は汚染水を多核種除去設備(ALPS)で取り除けないトリチウムを海水で薄め、国の放出基準の40分の1(1リットルあたり1500ベクレル)未満にする。これは世界保健機関(WHO)が定める飲料水基準の7分の1だという。
 トリチウムの年間放出量は経済産業省の資料によると、「中国の秦山第三原発の放出量は福島第一原発の6.5倍、陽江原発は5.1倍、紅沿河原発は4.1倍。韓国の月城原発は3.2倍、古里原発は2.2倍だという。フランスのラ・アーグ再処理施設は454.5倍にのぼる」としている。

 国際原子力機関(IAEA)が7月、「国際的な安全基準に合致」とする報告書を発表した。首相は「国内、海外の関係者に対し、丁寧な説明を続けてきた」と強調した。8月18日にワシントンであった日米韓首脳会談や日韓首脳会談では、処理水は話題にならなかったというが、韓国の尹錫悦大統領は共同記者会見で「我々は国際的に信頼性のあるIAEAの点検の結果を信頼している」と語っている一方で、中国は「『核汚染水』を意図的に海洋に放出する前例はない。自国民と国際社会の正当な懸念を直視し、放出の強行をやめるべきだ」と主張し、放出前から日本の水産物への放射性物質の検査を厳格化。鮮魚は輸出が事実上ストップし、加工品なども輸出手続きに時間がかかるなど影響が出始めている。多分に政治的匂いのする判断に感じられる。

█ 関係者の理解なしにいかなる処分もしない
 政府は2015年、県漁連に「関係者の理解なしにいかなる処分もしない」と文書で約束しているが、漁業関係者は同意してないから、首相がいかに福島に出向いて説明しても海洋放出は認められようがない。漁業関係者は放出後の海産物への風評被害を主な理由にしているが、この「理解」という文言 について、松野博一官房長官は7月11日の記者会見で「何か特定の指標によって理解の度合いを判断することは難しい。漁業者に対して、意思疎通を繰り返す」と説明。首相周辺は「どこかの時点で『もうこれ以上話し合ってもしょうがない』ということになる。何かあれば、政府が全て責任を持つとして(放出を)決断する」と語る。(23.7.12 朝日)
 つまり、はじめから汚染水の海洋放出を決めておき、さんざん誠意を見せるふりをしながら、最後は「政治的」判断がすべてであるという国民を欺くことをやって見せるのだろう。
 日本政府は汚染水放出はIAEAのお墨付きを得ており、科学的に問題はないとしているが本当にそうなのだろうか。海洋放出の可否がトリチウムの人体への有害性のみに傾いているようだが、それだけの問題だけだろうか。ALPSの処理の後、処理しきれないトリチウム以外の人体への影響が明らかになってない放射性物質が問題視されてないことに大きな疑義がある。東電がいままで何度も誤った情報を流していることを考えれば、トリチウム以外は大丈夫といわれても俄に信じがたい。

汚染水処理についての報道を列挙すると以下の通り。また、外洋への漏洩も記す。

█ 汚染水処理の経過
 23.6.13 東電の放出計画では、汚染水から「多核種除去設備」(ALPS)で大半の放射性物質を除去。➡ 大半とは残存する放射性物質があると認めており、残存放射性物質とその人体への影響には触れてない。

 21.4.14 海洋放出する方針が決まったのは、タンクに入っている処理済み汚染水を再びALPSで処理した上で、セシウムやストロンチウムなどの放射性物質の濃度を法令の基準より十分低くした「処理水」だ。ALPSでは取り切れない放射性物質のトリチウムを含むため、法定基準の40分の1以下になるように海水で薄めることになっている。➡ 「セシウムやストロンチウムなどの放射性物質の濃度を法令の基準より十分低く」。核種ごとにどれほど十分低いのか。

 18.10.19 読売 公表データに誤り多数。
処理水を巡っては、トリチウム以外の放射性物質が国の排水基準を上回る濃度で残留しているのに、「トリチウム以外は除去済み」と説明し続け、先月、東電幹部が謝罪したばかり。誤りが判明した資料は、処分方法などを議論する政府の有識者委員会でも配布されていた。

18.9.28 朝日 汚染水、浄化後も基準2万倍の放射性物質
 福島第一原発の敷地内のタンクにたまる汚染水について、東京電力は28日、一部のタンクから放出基準値の最大約2万倍にあたる放射性物質が検出されていたことを明らかにした。今回分析した浄化されたはずの汚染水約89万トンのうち、8割超にあたる約75万トンが基準を上回っていたという。
東電や経済産業省によると、多核種除去設備(ALPS)で処理した汚染水を分析したところ、一部のタンクの汚染水から、ストロンチウム90などが基準値の約2万倍にあたる1リットルあたり約60万ベクレルの濃度で検出された。東電はこれまで、ALPSで処理すれば、トリチウム以外の62種類の放射性物質を除去できると説明していた。

 18.9.29 朝日 トリチウム以外の放射性物質濃度が基準値を下回っているものは、16万1000トンは基準の超過割合が10~100倍、6万5000トンは100倍以上。
ALPSでの汚染水処理は基準値未満を目指すのではなく、敷地境界の空間放射線量が年間1ミリシーベルト未満となるのを優先し稼働率を上げて運用。このためヨウ素129やルテニウム106などの放射性物質が残り、特に運用初期はALPSの性能が向上前で残留放射性物質の濃度が高かった。
東電は調査時点で88万7000トンあった処理水のうち、トリチウム以外の放射性物質濃度が基準値を下回っているものは13万7000トンにとどまり、75万トンが基準値を超過していると推定。うち16万1000トンは基準の超過割合が10~100倍、6万5000トンは100倍以上という。

 18.9.22 河北新報 8月末までに59タンク群を調査。1リットル当たりの最大濃度はトリチウムが126万4000ベクレル(注:許容値は60000ベクレル/L)、ヨウ素129が22.44ベクレル(注:許容値は9ベクレルル/L)だった。本年度中にさらに100群で測定するという。東電はこれまで、トリチウム以外の放射性物質の大半を取り除く多核種除去設備(ALPS)の出口で処理水の濃度を計測しているが、タンクは未調査と説明。

18.9.21 朝日 大型タンクに入れる前の放射性物質の検査で、トリチウム以外に、ストロンチウム90、ヨウ素129が国の基準値を超え
 東京電力は20日、福島第一原発で増え続ける放射性物質トリチウムを含んだ低濃度の汚染水について、保管する大型タンクに入れる前の放射性物質の検査で、トリチウム以外に、ストロンチウム90、ヨウ素129が国の基準値を超えていたことを明らかにした。東電はこれまで「トリチウム以外の放射性物質は除去されている」として、十分な説明をしていなかった。

 16.11.11 第1回「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会
ALPS処理水にヨウ素129、ストロンチウム90など、トリチウム以外の核種が残留していることが明らかになった。
 FoE Japanおよび原子力規制を監視する市民の会が東京電力の公開データから確認したところ、ヨウ素129、ストロンチウム90、ルテニウム106に関して、以下のように告示濃度超えが確認された。・ヨウ素129…(告示濃度限度:9 Bq/L)2015年4~9月では、既設ALPSで最大121Bq/Lを観測しており、増設ALPSでも基準値超えが続出。2017年4月~では、既設ALPSで最大27.83Bq/L、増設ALPSで最大62.24Bq/Lを観測
・ストルンチウム90(告示濃度限度:30 Bq/L)…最大141Bq/L(2017年11月30日)
・ルテニウム106(告示濃度限度:92.5 Bq/L)…2015年5月に告示濃度限度を超える値が頻発(最大1100Bq/L)

 15.2.25 朝日 高い濃度の汚染水外洋に流出
 東京電力は24日、福島第1原発2号機の原子炉建屋の屋上に高い濃度の汚染水がたまっていたと発表した。一部が雨どいなどを伝って排水路に流れ、外洋に流出したという。22日に汚染水が流出した場所とは別の排水路。昨年4月以降、放射性物質濃度の上昇が確認されていたが、東電は濃度のデータを約10カ月間公表せず、国にも報告していなかった。東電は「原因調査をして結果が出てから公表しようと考えた」と説明している。

 13.10.22 朝日 汚染水、雨対策甘い 福島第一原発、基準超す水が堰から漏出
20日に降った大雨の影響で東京電力福島第一原発のタンクを囲う周辺の堰から、基準を超える放射性物質を含む雨水があふれた。東電の降雨量の見通しが甘かった。ポンプのくみ上げ能力が足りず、堰の中にたまった雨水を移しきれなかった。

13.10.3 東京電力は2日、福島第1原発の汚染水をためているタンクの上部から新たな水漏れを発見し、漏れた水からストロンチウム90などベータ線を放出する放射性物質が1リットルあたり20万ベクレル検出されたと発表した。点検用の足場を伝ってタンクを囲うせきの外へ漏れ出ていることを確認。近くの排水溝を経由して海に流れ出た可能性もあるという。

█ そもそも処理水とは
 「科学」2020年2月号牧田寛「原点から考える福島第一原子力発電所放射能汚染水海洋放出問題」によると、
 「ALPS 処理水」(ALPS による処理後の水)と「ストロンチウム処理水」(ALPS の前処理としてストロンチウム(Sr)とセシウム(Cs)を除去し,脱塩した水)に分けられ、これら全体をあわせて「処理水」と呼称している。かつては加えてRO濃縮塩水もあったが,すでにALPS による処理を終えている。
「トリチウム水」とは,これらのうちALPS 処理水である。
時期的には
①(~2013 年)高濃度多核種放射能汚染水の処理方法を模索していた初期の発生分
②(2013~2015 年)ALPS の運用を開始し操業方法を試行錯誤していた時期の発生分
③(2016 年)ALPS が安定動作した時期
④(2017 年~)初期に発生したRO 濃縮塩水(濃縮水RO reject water 逆浸透膜によって水中の不純物と水とを分離する際に、膜を透過せずに不純物を濃縮した形ででてくる水)を含め滞留したSr 処理水のALPSによる再処理を行っている時期
のように分類できるという。

 政府のいう「トリチウム以外の放射性物質に告示濃度を超えた水はなかった」というのは、「ヨウ素など除去しづらい放射性物質も吸着材の交換頻度を高めるなどして、濃度を下げられるようになった。東電によると、19年4~12月に満水になったタンクを調べると、トリチウム以外に告示濃度を超えた水はなかった」(20.7.20 朝日)のようだが、それ以前の場合はどうなのか。すべての貯水タンクが同じではあるまい。

█ 本当にトリチウム水海洋放出は安全なのか
 「基準値以下」のトリチウム水を流す米国イリノイ州では、原発周辺に暮らす住民の脳腫瘍や白血病が30%以上増え、小児がんは約2倍に増えた」との報告がある(18.9.2 HARBOR)。 それでも経済産業省は「トリチウムは人体への影響がセシウムの700分の1で、海外でも放出しており安全」だとし、原子力規制員会は「薄めて告示濃度以下にすれば放出できる」という立場をとっている。
 政府はトリチウムの含まれた水は他国も放水している、日本で放出する量は基準以内だから安全だとして、科学的には正当と主張しているが、果たして人体に対して安全である保障はどこにあるのか。トリチウムは自然界にあるが、1950年代に測定された値の1000倍の量が今、出ているという。原因は大気中の核実験と原発から放出されたものではないか。

█ 漁業者の願いはあくまでも漁業の継続だ
 用意周到に海洋放出を準備し、「関係者の理解なしにいかなる処分もしない」などと気を持たせ、結局は強引に政治判断でケリをつけるなど欺瞞にすぎない。
 首相は「一定程度の理解は得られたので放水を開始する」としている。だが、20日に福島に行きながら漁業者と対面で会うことなく、経産大臣の言葉を借りて「一定程度の理解が得られた」などとよくも言えたものだ。何をもって首相は「一定程度の理解を得た」と判断したのか。説明を求めたい。もう「聞く耳を持っている」などという言葉を発しても誰も信じまい。
 汚染水海洋放出は福島のみならず国民全体の問題である。時間が経過すれば、全世界・地球上の大問題であり、責任はあまりにも大きい。因みに、処理水の海洋放出についてのアンケートでは(23.8.21 朝日)、放出賛成53%、反対41%だった。

 漁業者の願いはあくまでも漁業の継続だ。政府の言うところの「ていねいに説明」は、結論は変えることなく、同じ事を繰り返し語るだけに過ぎなかった。
 本当に汚染水を海洋放出することは必要で安全なことなのか。東電が敷地を確保し、より安全な処理方法を検討するまで待てばいい。トリチウムだけに国民の目を向けさせ、それ以外の放射性物質について将来に亘って禍根を残すことはないのか。また、ALPSで除去した放射性物質の保管はどれほどの量なのか、どこに、どのように保管されているのか知りたい。
 
 [補足] 東電の「ALPS処理水等の現状」によると
 タンク内ALPS処理水等およびストロンチウム処理水の貯蔵量(2023年8月24日現在)
*水位計の測定下限値からタンク底部までの水を含んだ貯蔵量は 1,345,072 m3
 ALPS処理水等の貯蔵タンク基数は1,046基(測定・確認用タンク:30基含む)で、
 ALPS処理水 約3割、処理途上水 約7割である他に、多核種除去設備で処理する前のストロンチウム処理水を貯蔵するタンクが24基、淡水化装置(RO)処理水12基、濃縮塩水1基がある。 [補足終わり]


 汚染水を放出した海水が問題ないと明言する政治家、国民は率先して福島沖の魚介類を食すことを勧める。自分の居住地が福島から遠いから関係ないなどと思う人物は日本人として恥ずかしい。汚染水が発生したことに福島県民はなんの責任はない。

█ 同じ事を繰り返さないために
 政府は、風評被害対策として値下がりした水産物の冷凍保管などを支援する300億円規模の基金をつくると発表しているが、漁業者は脈々と続けてきた営みに対し戸惑いと大いなる不安を抱えているに違いない。金目の問題ではない。こういう状態になぜなったのか。将来に同じ事を起こさぬために何が求められているのかに思いを寄せることが求められているのではないか。原発をなし崩しに60年越えに稼働できるようにするような施策は理解に苦しむ。

 汚染水を処理水などと言い換えて耳障りをよくしているが、「撤退を転進」と言い換えたことと変わりないように思う。汚染水は汚染水である。

汚染水の海洋放出には到底賛成できない。
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