日々の抄

       目次    


  共謀罪が心配だ

2006年05月15日(月)

 「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」(通称:組織犯罪処罰法)を改訂し、「共謀罪」を新設する法律の国会審議が始まった。この法案は、国会で03年5月に「国連越境組織犯罪防止条約」(国会では「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」として議案が提出)の批准が承認されたための国内法整備の一環というが、国民生活を揺るがす大きな問題を含んでいる。「国連越境組織犯罪防止条約」は、マフィアなどの国境を越える組織犯罪集団の犯罪を、効果的に防止することを目的に作られたもので、現在日本のほかフランス、スペイン、ポーランドなど30カ国(03年2月10日現在)が批准している。

法案の提案理由は『近年における犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化の状況にかんがみ、国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約の締結に伴い、組織的な犯罪の共謀等の行為についての処罰規定、犯罪収益規制に関する規定等を整備するとともに、組織的に実行される悪質かつ執拗な強制執行妨害事犯等に適切に対処するため、強制執行を妨害する行為等についての処罰規定を整備し、並びに情報処理の高度化に伴う犯罪に適切に対処するため、及びサイバー犯罪に関する条約の締結に伴い、不正指令電磁的記録作成等の行為についての処罰規定、電磁的記録に係る記録媒体に関する証拠収集手続の規定その他所要の規定を整備する必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。』としている。これだけを見ると国を越えた犯罪のみに関係すると思うが、具体的な内容はそうではない。

「共謀罪」の政府案の主な部分は、『重大な犯罪(死刑又は無期若しくは長期4年以上の懲役・禁錮の刑が定められている罪)であって,@団体の活動として,当該行為を実行するための組織により行われるもの,又はA 団体の不正権益の獲得等の目的で行われるものの共謀行為を処罰[共謀の対象となる犯罪の法定刑が死刑又は無期・長期10年を超える懲役・禁錮の場合は5年以下の懲役・禁錮,それ以外の場合は2年以下の懲役・禁錮]』としている。
(詳細は法務省HP http://www.moj.go.jp/main.htmlを参照されたい)

これに対する民主党の修正案は
『(1)「団体」の定義(第2条関係)について、共謀罪の対象となる行為に関与する団体が、組織的犯罪集団に限定されることを明確にする。(一般の民間団体が該当する可能性を排除する。)
(2)組織的な犯罪の共謀(第6条の2関係)について
@ 条約の目的の趣旨に基づき、「性質上国際的な犯罪」にあたる場合に限って処罰の対象とする。この場合、必要があれば、「条約の留保」「解釈宣言」を行う。A 共謀罪については、条約でいうところの「組織的な犯罪集団が関与する」場合に限定して、処罰の対象とする(与党案では「その共同の目的が重大な犯罪等を実行することにある団体」としているが、対象となる団体がどこまで限定されるのか不明確). B 共謀罪の成立について、条約で認められているところのいわゆる「合意の内容を推進するための行為(顕示行為)」として「予備行為」を要件とする(与党案では「犯罪の実行に資する行為」が要件)。C 自首減免規定は、死刑又は無期の懲役若しくは禁錮の刑が定められている犯罪に限って設けることとする。D 刑が「長期4年以上」の犯罪では、対象犯罪が619にのぼり、国際組織犯罪の防止という趣旨にそぐわない犯罪まで一律に対象となるため、「長期5年を超える」犯罪に限定する。E 国民の基本的人権を侵害すること等のないよう配慮規定を設ける。』などである。

共謀罪の対象となるのは、4年以上の懲役・禁固に当たる犯罪で、約620種類に及ぶ。具体的には、「強制わいせつ、受託収賄、窃盗、業務上横領、日本中央競馬会等の以外の者による競馬等、酒類等の無免許製造等、売春をさせる業」など、国際組織犯罪とはあまり関係なさそうなものも含まれ、範囲が広すぎる。

主な問題点は3つある。

第一に、適用される団体が明確でない。政府案では、『共謀を行った者同士がひとつの団体に所属している。.組織による(2人以上が共同で行う)犯罪の実行が共謀されたことが要件』とされているが、どんな団体が対象になるかを明確にしておらず、市民団体や労働団体から「自分たちに適用されるのではないか」という懸念が起こるのは当然である。団体のメンバーの一部が犯罪目的を共有しているような場合、適用対象がどの範囲になるか曖昧である。

 第二に、適用範囲について。政府は「共謀罪が適用されるためには具体的・現実的な合意が必要で、漠然とした相談では成立しない」と説明するが、共謀の意味が具体的に明記されておらず、「合意しただけで罪になり、内心の処罰につながる」という批判が根強い。与党修正案では、共謀した者の誰かが「犯罪の実行に資する行為」をしなければ処罰されないと規定している。
 法務省HPの「組織的な犯罪の共謀罪に関するQ&A」によると、「共謀罪」の対象について、
『組織的な犯罪の共謀罪」には,法律の明文上,以下のような厳格な要件が付されており,例えば,暴力団による組織的な殺傷事犯,いわゆる振り込め詐欺のような組織的詐欺事犯,暴力団の縄張り獲得のための暴力事犯の共謀等,組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪の共謀行為に限り処罰することとされていますので,国民の一般的な社会生活上の行為が共謀罪に当たることはありません。
 すなわち,新設する「組織的な犯罪の共謀罪」では,第一に,対象犯罪が,死刑,無期又は長期4年以上の懲役又は禁錮に当たる重大な犯罪に限定されています(したがって,例えば,殺人罪,強盗罪,監禁罪等の共謀は対象になりますが,暴行罪,脅迫罪等については,共謀罪は成立しません)。第二に,「組織的な犯罪の共謀罪」には, @ 団体の活動として犯罪実行のための組織により行う犯罪(暴力団による組織的な殺傷事犯,振り込め詐欺のような組織的詐欺事犯など) 又はA 団体の不正権益の獲得・維持・拡大の目的で行う犯罪(暴力団の縄張り獲得のための殺傷事犯など)を共謀した場合に限り処罰するという厳格な組織性の要件が課されています(したがって,例えば,団体の活動や縄張りとは無関係に,個人的に同僚や友人と犯罪実行を合意しても,共謀罪は成立しません。また,犯罪実行部隊のような「犯罪行為を実行するための組織」を持つことのない市民団体や会社等の団体に属する人が共謀したとしても,共謀罪は成立しません)。第三に,そもそも「共謀」とは,特定の犯罪を実行しようという具体的・現実的な合意がなされることをいいます(したがって,単に漠然とした相談や居酒屋で意気投合した程度では,共謀罪は成立しません)』。としている。
 問題なのは上記のアンダーライン部分である。何を持って合意とするか、である。酒の席で、日頃の鬱憤を晴らすために「あの上司を殴ってやるか」「いや。そんなことでは手ぬるい。ヤツの家に火をつけてやれ」などという会話があると共謀罪の対象にならないと言い切れるのか。まともな人間なら、それが実行するはずがないと思っても口にすることは多い。労使交渉で「賃上げの話に乗らないのなら、社長を缶詰にしても話をつけよう」などと口にすることが犯罪行為になるのか。法務省のHPにあるように、暴力団による組織的云々が必要なら、日常生活に投網をかけるような法律を作ることなく、暴対法を改正すればいいのではないか。「市民団体や会社等の団体に属する人が共謀したとしても・・・」との解釈があっても、時間が経過することにより、法律の文言が一人歩きし拡大解釈されてきた例が過去にたくさんある。「特定の犯罪を実行・・・・・・の合意」が市民生活を制約する可能性を残すことのないように明文化することが必要である。

第三に、政府案に「実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除するものとすること」とあるのも問題を含んでいる。「自首を奨励し、甚大な被害を未然に防ぐ狙いだ」と政府は説明しているが、「密告が奨励される監視社会を招く」ということにつながらないだろうか。スパイに似た行為を行っておきながら、自首した者が刑を免除されことが起これば、周囲の人間を信じられない社会になっていく危惧を感じないわけにいかない。
「共謀罪」の最大の問題は、犯罪行為が行われる前に、「思っただけ」で犯罪と見做れることである。この法律が成立すれば、人間不信を招く実に住みにくい社会になっていくことは間違いなさそうだ。TVニュースのトップで松井選手の怪我の様子を連日伝えているような太平楽なことをしている場合ではない。今回の法改正が、戦前、時の政権に都合の悪い人間を淘汰するために悪用され、罪なき多くの人びとを死に陥れた治安維持法と同じ道を辿らないことを祈るのみだ。

 教育基本法改訂、共謀罪、憲法改訂、米軍再編問題と近い将来が遠い過去への暗い道に戻りかねない不安を感じないわけにはいかない。

<前                            目次                            次>