日々の抄

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  教科書が危ない

2006年05月25日(木)

 本年度から使われている中学校教科書134冊のうち65冊の計208カ所に、誤記や古いデータの掲載があったことが5月10日、文科省のまとめで分かったという。今年1月、高校教科書の「政治・経済」でグラフに誤りがあり、大学入試センター試験で教科書通りに解答して不正解になった例があったことから、同省が教科書会社に点検を依頼していた。

 平成18年1月31日文科大臣による、会見内容の概要は以下の通りだった。
 『今回の大学入試センター試験の「政治・経済」の出題におきまして、一部の教科書、すなわち実教出版の「高校 政治・経済」で記載内容が誤っていたために、大学入試センター試験の出題内容自体には誤りがなかったものの、この教科書で学習をした受験生が結果的に正答を得られなかったものと考えられまして、この点は誠に気の毒なことで残念に思っております。大学入試センターでは、そのような受験生の得点調整の可能性について検討したと聞いておりますが、当該設問が統計資料の背景を読み解く力などについての思考力をはかるものでありまして、政治・経済について十分な学習をしていれば正解を得ることができる、そういった内容のものであること。また、当該受験生に対し加点をした場合に、正答した受験生、あるいは他の公民科目、現代社会とか倫理を受験した受験生が相対的に不利になってしまうという受験生間での混乱が生じること。さらに、すでに入試スケジュールが進んでおりまして、受験生の志望校決定などに一層の大きな混乱を招く恐れがあること。これらを考えて決定をされたものと聞いております。このように様々なことがらを総合的に勘案した上での結論として、得点調整を行うに至らなかったと聞いております。このことは誠に残念なことだと思います。しかし、結果としてやむを得ないと理解をいたしております。今回の事案は、教科書検定において誤りが正せなかったこと、それから大学入試センターの出題内容と教科書の記載内容との整合性の確認、これがしっかりなされていればこういうことは起こらないわけですから、なされなかったことに原因があると考えております。今後、教科書検定の一層の厳格化と、大学入試センター試験の出題に際しての教科書との関係のチェックを十分に行うことが必要と考えておりまして、改善を指示したところで、再発防止に努めてまいりたいと考えております。このような事態によりまして、受験生の皆さんが将来をかけて受験をされた、この大学入試センター試験において、このような問題が発生してしまったこと、これは誠に遺憾なことであり、今申し上げたように再発防止について十分指示をし、徹底をしてまいりたいと考えております。
 また、ただいまの25日の時点で云々という話でございますが、経過といたしましては、21日に試験を実施した後、24日の午後に、群馬県内の受験生の方から実教出版に対して、自分が使用した教科書、すなわち実教出版の教科書の記述と今回のセンター試験の正解例が異なるという問い合わせがあったと聞いております。実教出版において確認をしたところ、同社の「高校 政治・経済」は、平成14年度の検定で平成16年から使用しているものですが、その中にセンター試験出題問題と類似のグラフが掲載をされているということで、このグラフは、実教出版の教科書のみに掲載をされており、同グラフの中で米国と英国の折れ線グラフが逆に誤記されていることが判明しました。このことにつきまして、実教出版から、1月25日に、文部科学省の教科書課に対して連絡があり、訂正の申請手続きが行われました。従いまして、文部科学省としては、同25日、大学入試センターへ連絡を行い、同日の夕刻以降、実教出版から問い合わせがあった受験生に対し、教科書の記述が誤っていた旨回答をしたということです。また、25日の午後に、熊本県内の教諭からも同様の問い合わせがあったと実教出版から聞いております。この問題点といたしましては、先ほど申し上げたように、平成14年度の教科書検定において、その当該グラフの出典に遡ってチェックを行って、グラフが誤記されているのではないかという指摘ができればよかったのですが、これを検定合格としたこと。そしてその後、各学校等からの指摘がないまま放置されてきてしまったということが、遠因でもあります。ただ、先ほど申し上げたように、この出題された問題中のグラフと類似のグラフは、実教出版にしか記載されておりません。これは全体で教科書の12パーセント位を占めており、他の高校で使用されている「政治・経済」の教科書においては記載がないということで、この教科書を学習されて、このグラフに注目された方が正答を得られなかったという可能性が生じてしまった。こういう経緯でございます。』(文科省HPより引用)

 教科書の記載に誤記があり、センターテストで不利益があったことは確かだ。しかし、文科省大臣の会見では「政治・経済について十分な学習をしていれば正解を得ることができる」「(誤記のあったものは)全体で教科書の12パーセント位を占めており、他の高校で使用されている「政治・経済」の教科書においては記載がない」「平成14年度の教科書検定において、その当該グラフの出典に遡ってチェックを行って、グラフが誤記されているのではないかという指摘ができればよかったのですが、これを検定合格とした」との見解だが、教科書の誤記が受験生の訴えで判明したということはどういうことなのか。教科書の中で特に「地歴」「公民」の内容に厳格な検定が行われている中、この程度の誤記は指摘はなされなかったのか。誤記された使用教科書が12%云々とはどういうことなのか、疑問は多々ある。

 教科書の誤記について、以下のような検定段階での変更が一因になっているものと考えられる。
平成10年11月13日に教科用図書検定調査審議会建議「新しい教育課程の実施に対応した教科書の改善について」が提出された。また、平成10年12月14日に小学校学習指導要領及び中学校学習指導要領並びに平成11年3月29日に高等学校学習指導要領が告示された。文部省では、これらを踏まえ、検定手続きをより一層簡素かつ柔軟なものとするとともに、教育内容の厳選や自ら学び自ら考える力の育成の重視など新しい学習指導要領の趣旨を適切に踏まえた教科書が発行されることを目指し、平成11年1月25日文部省令第2号をもって教科用図書検定規則の一部を改正するとともに、同年1月25日文部省告示第15号及び4月16日文部省告示第96号をもって新しい「 義務教育諸学校教科用図書検定基準」及び「 高等学校教科用図書検定基準 」を告示。さらに、同年9月29日付をもって「教科用図書検定規則実施細則」(文部大臣裁定)を改正した。これらの規則、基準等は、新しい学習指導要領に基づき、平成14年度以降使用される教科用図書の検定から適用されている。改正内容に中に、教科用図書検定規則の主な改正内容社会の変化に柔軟に対応するため、より一層簡素かつ柔軟な仕組みとすることとした。また、検定意見の文書化を含む教科書検定の一層の透明化を図った。具体的方策として、『従来行われてきた手続冒頭の誤記、誤植または脱字に関する審査を廃止した。』『検定済図書について、更新を行うことが適切な事実の記載があることを発見したときは、文部大臣の承認を受けて訂正を行うことができるよう、訂正申請の要件を緩和した。』『検定済図書の訂正が、客観的に明白な誤記、誤植若しくは脱字に係るものまたは同一性をもった資料により統計資料の記載の更新を行うものであって、内容の同一性を失わない範囲のものであるときは、届け出ることによりこれを行うことができることとした。』とある(文科省HPより引用)。

 つまり、教科書検定において、「内容の誤記、誤植または脱字に関する審査はしない」ということのようだ。内容に対して多数の「検定」を行っておきながら、明白な誤記、誤植、脱字については「簡素化を図る観点から、廃止することとするが、検定審査においては、図書の正確性の観点について従来同様留意するとともに、検定申請前に教科書発行者がより綿密な編集を行うことを促すこととする」としているのはいかがなものだろうか。従前のように「申請された図書については、最初に、誤記、誤植又は脱字に関する審査が行われ、その後、教科用図書検定調査審議会に置かれる調査員による調査、教科書調査官による調査を経て、審議会において、申請図書が教科書として適切か否かを判定し、文部大臣に答申を行い、文部大臣は、この答申に基づき合否の決定を行っている」ことをしていれば、センターテストで誤記が発覚することにはなるまい。「簡素化を図る観点から、廃止する」というが、何のための簡素化なのか。簡素化したことと教科書会社の不注意によって不利益を被むる受験生が出ていることを、「誤記のあった教科書は1冊だけだから」などといえるのだろうか。更に不思議なのは、教員は授業で誤記になぜ気づかなかったのか、である。
 誤記の訂正についても問題がある。中学公民の教科書で、新潟県中里村の「雪国はつらつ条例」を「雪国はつらいよ条例」と誤記した問題で、教科書会社が文科相の承認を得る前に訂正を出していたことが昨年判明している。文科省は「規則違反だ」と同社に注意しているが、文科相の承認が出たのは申請の1カ月半も後だったというから驚きである。明白な誤記訂正の承認になぜこれほどの時間がかかるのか知りたい。だが、規則違反に対する罰則規定はないという。

 5月10日文科省の発表によると、16社中12社の教科書に208カ所の誤記で、教科別にみると国語の56カ所が最多で公民の32カ所、英語と地図帳の各20カ所、理科と地理の各19カ所などで、その例は以下のようなものである。

 国語で「ひらがな」を「ひらなが」。英語で「something」が「someting」。漫画「はだしのゲン」の作者、中沢啓治さんの名前のふりがなを本来の「けいじ」ではなく、「けんじ」。「目の前」の「目」に「ま」とふりがな。「遺志を継いだ」を「意思を継いだ」。「二次方程式の数式に『x』が欠落。半球図上のシドニーの位置が誤記。

 これほど誤記があることが不思議であり、実に立派なものである。これほどの誤記があって、文科省は「教科書会社が悪い」などと言っていられるのか。二次方程式の数式に ' x 'が欠落している教科書が「簡素化のため」、見過ごされて関係者は恥ずかしくないのか。私も大分以前に、目次のページと本文のページが十数カ所も違っていた教科書を見たことがある。現場にいる者としては、生徒に「教科書を何遍も読み理解せよ」としている。一方では、誤記がないか表現が適切かに気を配っているのは当然である。物理では数値計算で有効桁の扱いが適切でないものも少なくなかった。「検定に合格してから出版元での最終チェックの時間が約2週間と、あまりに短い」ことも誤記の一因という。既に、05年度に検定をパスし07年4月に供給予定の高校教科書について、文科省は5月31日までに解答するよう各社に依頼。現在使われている小学校、高校の教科書に関しては、10月末までの解答を求めているという。

 政治も社会も他人も信じられない世の中で、教科書も信じられないのではお話にならない。今の日本には、「これなら信頼できる」と思えるものがないのは寂しい限りだ。検定をするなら、「検定済み」に相応しい信頼できる教科書にしてほしいものだ。こんな簡単な「手抜き」が見過ごされている中で、教育改革などと論じていることが笑止千万だ。

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