日々の抄

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  国営のお見合いですか

2006年05月28日(日)

 少子化が日本の将来へ暗い影を投げかけ、深刻な問題化して久しいが、残念なことに見える形の施策が聞こえてこない。分かっていることは気づくのに遅すぎたことである。年金問題にしても国の出生率の試算に致命的な誤りがあった。目の前の見える形の仕事はしても、優秀と言われる官僚、議員、学者が日本の将来を決定づけそうなことを真剣に考えてこなかったということだろうか。日本国滅亡の危機と言っても過言ではない事態である。

 慌てた政府は少子化担当相を新設し検討に入ったというが、少子化対策案をめぐり、優先するのは「経済的支援」か、「働き方の見直し」や「地域・家庭の子育て支援」か、少子化担当相と、同氏がトップを務める少子化社会対策推進専門委員会の委員が対立しているという、お粗末な状態である。

 経済的支援を重視する同氏が5月18日に経済財政諮問会議に示した「新たな少子化対策案(仮称)」に対し、環境整備を重くみる専門委の委員6人が「我々がまとめた報告書とは大きく異なる」としている。子育て支援や労働の専門家ら8人で構成する専門委が10回の議論をへて15日に提出していた報告書は、「子育て支援の環境が整備されていない現状では経済的支援のみでは子育ての安心感にはつながらない」として、「働き方の見直し」と「地域と家庭の多様な子育て支援」を「まず取り組むべき課題」と位置づけ、「乳幼児手当」などはあえて盛り込んでいなかった。少子化対策は、自民、公明両党の案と、専門委の報告書をたたき台として現在、政府・与党協議会で検討中というが、もめている時ではない。「経済的支援」、「環境整備」は二律背反ではないだろう。

 出生率は、各年毎の出生数だけでは決められない。ある年において、f (x)を「調査対象において、年齢 x の女性が一年間に産んだ子どもの数」、g (x)を「調査対象における年齢xの女性の数」とすると、 その年の合計特殊出生率(TFR)はで表される。これは、女性の年齢別出生率を15〜49歳にわたって合計した数値で、代表的な出生力の指標である。その値は、女性がその年齢別出生率にしたがって子どもを生んだ場合、生涯に生む平均の子ども数に相当する。この数値は長期的に人口を維持できる水準(人口置換水準)の2.07に対して、2004年は1.29である。図1を見てすぐに気づくのは、1970年には既に人口減少を問題視していなければならなかったということだ。40年も以前のことである。

 内閣府による「少子化に関する国際意識調査」(2005年10〜12月、日本、韓国、アメリカ、フランス、スエーデンの5カ国について約1000名の調査)をもとに、どのような対策が考えられか検討してみる。

(1) 結婚の有無について(図2)
子どもが出生する前段階である結婚について。日本、韓国ではそれぞれ7割弱、6割強が結婚している。アメリカ、フランス、スウェーデンでは、「結婚」は、4割弱から5割弱にとどまっているが、「結婚」と「同棲」の形態を合わせた場合に、6割強に達する。アメリカ、フランス、スウェーデンでは、「同棲」によるカップルの形成が「結婚」と同等のもののように根づいているといえるようだ。日本では自由恋愛が認知されつつあるとしても、同棲が0.9%であり、韓国も同じ傾向にあることがわかる。

(2) 結婚をどう思うか(図3)
結婚に対する考え方として、肯定的な意見(「結婚は必ずするべきだ」と「結婚はした方がよい」)は、韓国(80.7%)、日本(65.4%)、アメリカ(56.0%)。フランス、スウェーデンでは肯定的でない意見の方が多いが、結婚という社会的形式を重んじるか否かの違いなのか。日本で肯定的意見が7割を下回っているのは意外な感があるが、「結婚すれば幸せになるとは限らない。家庭に縛られるずに自由な身でいたい。経済的理由で結婚できない」などがその理由なのか。

(3) 子どもをほしいと思うか(図4)
いずれの国でも、9割強の人が「子どもがほしい」としている。理想とする人数では「2人」、次いで「3人」の順となっていた。現実に子どもの数が減っているということは、結婚できないか、できても諸般の事情で子どもを持つに至らないということか。では何が負担になっているのか。




(4) 子育てをして負担に思うこと(図5)
  日本では、「子育てに出費がかさむ」(46.5%)、「自分の自由な時間が持てない」(42.4%)、「子どもが病気のとき」(36.3%)、「精神的疲れが大きい」(29.2%)、「身体の疲れが大きい」(23.8%)の順であった。他の国では「子育てに出費がかさむ」が、韓国(75.6%)、スウェーデン(59.8%)、アメリカ(59.2%)、フランス(40.8%)といずれの国でもトップであった。日本の上位5位にはないものでは、スウェーデンの「仕事が十分にできない」(5位:29.2%)、アメリカの「夫婦で楽しむ時間がない」(25.2%)があった。
 「子育てに出費がかさむ」は、幼稚園、保育園からの教育に金がかかることが大きな要素だろう。「子どもが病気のとき」、「精神的疲れが大きい」は、特に仕事をもっている女性の負担が大きいだろう。以前のように、核家族化せずに子育ての経験を持つ子どもの祖父、祖母が生活を共にしていれば、「身体の疲れが大きい」ことの低減にもつながるだろう。しかし、都合のいいときだけ親や舅を頼りにすることはできにくいのだろうか。一方で、「自分の自由な時間が持てない」の理由は、親としての自覚がないのか、我が儘なのか。だが、四六時中育児だけに気持ちを向けることはできず、子育てノーローゼに陥りそうなときは、周囲からの援助が時に必要なことは確かだろう。

(5) 子どもを増やしたくない理由(図6)
 「希望する数まで」、または「今よりも子どもを増やさない」、または増やせない理由について聞いたところ、日本での理由は「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」(56.3%)、「高年齢で産むのがいやだから」(31.8%)、「健康上の理由」(15.1%)、「自分の仕事に差し支えるから」(13.5%)、「家が狭い」(10.9%)の順だった。
 他の国では、「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」が韓国(68.2%)、アメリカ(30.8%)で最も多くなっているが、フランスでは4位(13.3%)、スウェーデンでは5位内にない。また、「高年齢で産むのがいやだから」はスウェーデン(40.9%)で1位、韓国(32.2%)で2位のほか、他国でも5位内にある。「自分の仕事に差し支えるから」という理由は、日本、韓国(5位:13.7%)のみで、5位内にある。
       
 
(6) 育児支援施策として何が重要かについて(図7)
 日本では「児童手当など、手当の充実」(67.5%)が最も高く、次いで「多様な保育サービスの充実」(55.5%)、「扶養控除など、税制上の措置」(47.0%)の順となっている。アメリカ、フランス、スウェーデンでは、「フレックスタイム・パートタイムなどの柔軟な働き方」がトップ(それぞれ42.8%、51.3%、59.9%)であった。「多様な保育サービスの充実」が高いのは、韓国(1位)、アメリカ(2位)、日本(2位)である。「教育費の支援、軽減」は、韓国(2位)、日本(4位)で高い。「児童手当など、手当の充実」は、日本(1位)以外に韓国(3位)、アメリカ(5位)、フランス(2位)、スウェーデン(3位)とどこも上位に入っていた。

(7) 育児を支援する施策を国が実施すべきかについて(図8)
 育児支援策を国が実施すべきかを肯定的(「是非ともそうすべきである」と「どちらかというとそうすべきである」を合わせたもの)な割合は、日本では96.6%と圧倒的に高い。次いで、韓国(94.9%)、スウェーデン(93.7%)、フランス(88.6%)の順である。アメリカでは、否定的(「絶対にそうすべきでない」と「どちらかというとそうすべきでない」を合わせたもの)な割合が27.6%で他国と比べて高い。子育ては自己責任との考えが強いためか。

 図9に過去100年間の離婚率と婚姻率の比を示すが、1960年代前半から増加を始め、増加の一途を辿っている。結婚に対する安易さ、夫婦が互いに不理解、忍耐力低下などが一因なのだろうか。「できちゃった結婚」などという不愉快な言葉があるが、子どもができたから結婚することになるなどということが、子どもの将来を見据えた家庭を築くことにつながりにくいことにならなければいいのだが。図9の示す傾向が少子化と無関係でなさそうに思えてならない。

 以上のことからいくつかまとめてみる。
@子育ては子の親だけではできないということを親が自覚すること。A子育て、育児に関する経済的負担を軽減するための具体的方策(税制、各種手当てなど)が必要であること。B 子育てのための地域社会の継続的援助が必要なこと(子供会などを通し、子育てが楽しいと思えるような地域とのつながりなど。埼京線を「子育て路線」として、駅前に保育所を設けるといういいアイデアもある) C 女性が出産・育児を終えてから仕事へ復帰する場合、ハンディがないような制度が必要なこと。

 また同時に、減少している小児科医、産科医の養成が急務である。少子化対策を立てると騒ぎながら、今現在も医師不足のため休診、閉院する産科医院、大病院の産科が急増する地域があり、自分の居住する地域で出産ができない産婦が多数出ていることに国、地方自治体はどう対応しようとしているのだろうか。産科医は訴訟問題が多いとか、激務に過ぎるからとかいろいろの原因があるようだが、激務なら複数で対応できるようにすればいいし、訴訟が生じないような専門的知識を蓄え、ひとりの医師をサポートできる医師同士の連携ができなければ解決できないだろう。

 ただ、離島で産科医を招聘するために年収数千万の手当が支払われていると聞いているが、異常事態である。小児科医は診療点数が低く人気がないのも医師不足の一因と聞くが、儲からなければ小児科医になりたくないなどというは寂しい話だ。少子化対策の一環としてのこれらへの対応は急務だろう。

 出産、育児に経済的負担が大きく、出産をどこの病院でするか探し回り、何時間も通院しなければならないことがわかり、やっと健康に出産したものの小児科医が自分の居住する地域にないとわかれば、そんな大変な思いをしてまで子どもは作るまいと思っても「今は」不思議ではないだろう。ただ、戦後間もなくからの20年近くまでは、損得や環境の便利さで子どもを作るかどうかなど考えず、子だくさんが当然だった。そんな時代は子どもを「躾る」ことはしても「金をかけて教育する」ことなど多くの人は考えなかった。親が貧乏だったから、子供たちはほしいものがあってもガマンしたし、ひたすら働き続けていた親の疲れ果てた姿を見て、「親を楽にさせたい」と、精一杯の親孝行をしようと思った。考えようによれば、あれと、これと・・・の条件が整わなければ、子どもは持たないとは、人間として我が儘な気がしてならないが、「今」だからこその大変さは分かるような気がする。

 「フランスでは3人の子どもを9年間養育した男女に年金額を10%加算するなどし、出生率を94年の1.65から2002年に1.88に回復させたという。スウェーデンは、子どもが4歳になる間に所得が減っても、年金計算は (1)子どもが生まれる前年の所得 (2)年金加入期間の平均所得の75%(3)現行所得に基礎額(約50万円)を上乗せした金額、の3通りから最も有利なものを充てるなどの対策で、2001年に1.57だった出生率は2002年に1.65に伸びた」という(毎日新聞2004年6月11日)。

 諸外国も知恵を絞って少子化対策に余念がない。日本も気づくのが遅かったと思ったら、ひとりで事を決めずに多数で英知を集約して、直ちに具体的施策を実行するのみだ。ひとりだけで物事を強引に決めるのがリーダーシップだと思い違いしないことだ。全体の流れを汲んで決断し、そのことに将来にわたっても責任を明らかできることが真のリーダーシップだ。会議室でごちゃごちゃ議論している場合ではない。そんなことばかりしていると、また「合計特殊出生率」低下を見過ごすことになる。「国営のお見合い」を真面目に考えているとの報道があるが、こんなレベルの考えで少子化対策ができると考えているのは甘い。民間でできることを民間がやってどこが悪い!などと言っている人がいるが、お見合いは民間ではできないのか。

 少子化対策は、子作りのタイムリミットに来ていると自認する野田聖子議員が担当したら、いいアイデアを提供し、実行してくれると思うのだが。

追記:6月1日に、05年の「合計特殊出生率」が1.25と、過去最低を更新したと報道された。

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