日々の抄

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  また偽装ですか

2007年02月09日(金)

 人間の耳に聞こえる音(可聴音)の周波数は通常20〜20000Hz(ヘルツ)である。これより高い音を超音波といい、コウモリやイルカが自ら超音波を発し、自らそれを聞いていることはよく知られていることである。その人間に聞こえないはずの音を聴くと「頭が良くなる」ということが、2月3日にTBS系情報バラエティー番組で放映された。その内容に捏造された疑いがあるとした記事が、8日発売の「週刊新潮」に掲載された。
番組内容は、ハイパーソニック(下注1参照)を聞くと脳波のα波が出て、集中力や記憶力が高まると紹介。その根拠として『(1)千葉工大情報科学部の論文「可聴域、底上げチーム迷走を超えた高周波が脳に与える影響」(注2参照)、(2)風鈴をつるして学習効果を高める龍ケ崎市内の学習塾の例示、(3)京大の大島清名誉教授の証言』を挙げている。
 (1)に対しては、研究者側は『集中力や記憶力が高まる』といえないので論文使用を許諾してない。これついてTBSは「研究者に直接了解を得ずに放送してしまったことについて、おわびします」としながら、「個々の論文やコメントの趣旨を変えていないので捏造ではない。1人の研究者が行った研究ではないが、番組として仮説を立てた。手法に問題はない」としている。研究メンバーの一人は「科学者のモラルとしてお断りしたのに、実験の体をなしていないような番組と私たちの研究が結びつけられ、研究の社会的信頼が著しく損なわれた」などと話し、TBSに抗議するという。
(2)に対しては、学習塾で風鈴が生徒の頭上で揺れているかのように紹介されていたが、この塾では以前に学習効果を高めるために風鈴を使用したことはなく、番組制作スタッフが持ち込んだ風鈴を下げて撮影していた。塾の学院長が「風鈴に含まれる音が学力向上に良いという話をきいて学習に役立てています」と語るシーンがあり、番組制作スタッフが「集中力や記憶力が上がる可能性があると説明しながら取材先を探したところ、興味を持ってもらったので撮影した。こう話してくれという指示はしておらず、やらせ、捏造とは言えない」としているが、塾関係者は「娯楽番組だと思ったので、趣旨に沿うようコメントした」としている。番組制作スタッフは塾関係者に「指示」できるほど偉いのか。塾関係者が勝手に学習効果を話したように聞こえてくるが、事実と異なることを語ったことについて制作側に責任はないと言いたいのか。TBSは「行き過ぎた演出で視聴者に誤解を与えたと・・・・したら・・・おわびいたします」としている。さらに、ハイパーソニック音はオルゴールの音やコオロギの声などに含まれるとし、小学生の女児にオルゴール、別の女性にはコオロギの鳴き声を聞きながら算数などの勉強をしてもらい、1週間後のテストで点数が上がったなどと報告している。TBSは「頭の良くなる音」と司会が語り、テロップでも表示したのは「バラエティー番組・・・・・・・・とはいえ、表現上行き過ぎていた」などとわびている。
(3)に対しては、大島清名誉教授自らが新潮側に対し、「人によって、α波が出る音は違う」とハイパーソニック効果を否定している。番組では「何か音や音楽を聴くとα波が出るってことはね、集中力が高まり、その結果、記憶力も高まってくる」という一般論的なコメントに、「ハイパーソニックを聞いて」というテロップが重ねてあり、大島清名誉教授は「自分の出演シーンで発言とは違う字幕スーパーが出ており、制作者の意図を感じる編集だ」と話している。

 TBSは文書での回答の中で、「研究者に直接了解を得ずに放送してしまったことはお詫びしたい。また、『頭のよくなる音』と断定表現するなど、表現上行き過ぎた点があり、それによって視聴者に誤解を与えたとしたら・・・ お詫びしたい」と行き過ぎを認めているものの、「論文や研究者の発言をねじ曲げて紹介したり、データを捏造するなどの行為は一切行っていない。捏造番組は、はなはだ遺憾に思う」と反論している。同時に『「厳密な意味での科学実証番組ではなく、バラエティーの傾向が強い」と釈明している。』という。当該番組の前身は、昨年5月に白インゲン豆を使ったダイエット法を紹介し、視聴者が下痢や嘔吐を訴える騒動となったものだったが、続投したプロデューサーの手法は変わっていないらしい。 

  捏造とは「事実でない事を事実のように拵えて言うこと」である。
ハイパーソニックによってα波が出たことが正しくとも、そのことが「集中力や記憶力が高まる」とする事実はどこにあるのか。根拠を示せないなら「事実を拵えている」ことになるのではないか。オルゴールの音やコオロギの声などが「頭の良くなる音」とする根拠はどこにあるのか。学習塾で使ってもいなかった「風鈴」を恰も日常的に使い、それが学習にいい影響があるかのように報道することは事実と異なるのではないか。風鈴をもちこんで「学力向上に良いという話をきいて学習に役立てています」と言わせていることが「やらせ」なのではないか。関係者が勝手にそう語っていると言い訳するなら卑怯な責任転嫁に過ぎない。大島清名誉教授の発言と異なるテロップが出されたことは明らかに「拵えたこと」だ。どれを見ても事実と異なるのではないか。
「視聴者に誤解を与えたとしたら・・・おわびいたします」などとしているのは往生際が悪い。そもそも、「バラエティー番組・・・・・・・・とはいえ、表現上行き過ぎていた」などとしているが、情報番組擬きのバラエティーなら、多少の行き過ぎは許されるのか。バラエティーだからいい加減さが許されると思っていたらこれほど視聴者を馬鹿にしたことはあるまい。
  いっそのこと、『この番組はバラエティーなので、事実と異なる表現があります』とテロップをはじめに出したらどうか。そうすれば誰もクレームをつけることはあるまい。ただし、その場合は学者先生の論文の引用、コメントはいっさいなしにして貰いたい。それで視聴率が下がっても、視聴者は知ったことではない。その程度の番組にしか過ぎないのだ。
  覆水は盆に返らず。やったことに対して苦しい言い訳せず、今後に生かす姿勢を見せた方が好感を持てるし信頼回復につながると思うのだが。

マスコミは自分たちのやっている報道に、誇りと自信と責任を感じてほしい。偽装だらけの日本の中で、せめてゆったりと楽しめる「信頼できる」テレビ番組があるといいのだが。

(注1):超音波は supersonic wave、Hypersonicは極超音速のことで音速の5倍以上の速度をさすから、極超音波によって生じた(衝撃)波のことか。ハイパーソニック・エフェクトは「可聴域上限を超える高周波成分を豊富に含む音が人間の生理・心理・行動におよぼす効果」をいうらしいので今回の効果はこれをさしているようだ。
(注2):バリのgamelan音楽を使った The Journal of Neurophysiology に2000年に寄稿された論文 Inaudible High-Frequency Sounds Affect Brain Activity: Hypersonic Effect と思われる。

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