日々の抄

       目次    


  曖昧な解決は不幸の元になるだけ

2007年02月16日(金)

 北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議は13日午後、首席会合を行い、合意内容を明記した共同文書を採択して閉幕した。7項目からなる共同文書の1項目目には
 『六者は、2005年9月19日の共同声明を実施するために各者が初期の段階においてとる措置について、真剣かつ生産的な協議を行った。六者は、平和的な方法によって朝鮮半島の早期の非核化を実現するという共通の目標及び意思を再確認するとともに、共同声明における約束を真剣に実施する旨改めて述べた。六者は、「行動対行動」の原則に従い、共同声明を段階的に実施していくために、調整された措置をとることで一致した。』とある。
 その 2005年9月19日の共同声明は、
 『六者は、六者会合の目標は、平和的な方法による、朝鮮半島の検証可能な非核化であることを一致して再確認した。朝鮮民主主義人民共和国は、すべての核兵器及び既存の核計画を放棄すること、並びに、核兵器不拡散条約及びIAEA保障措置に早期に復帰することを約束した。アメリカ合衆国は、朝鮮半島において核兵器を有しないこと、及び、朝鮮民主主義人民共和国に対して核兵器又は通常兵器による攻撃又は侵略を行う意図を有しないことを確認した。』からはじまるものである。北朝鮮はその後、核査察を拒否し、核実験を強行し核保有していると宣言しているから、2005年9月19日の共同声明を反故にしていることは明らかである。

 今回の共同文書の骨子は次の通りである
○北朝鮮は寧辺の核施設(再処理施設を含む)について、それらを最終的に放棄することを目的として活動の停止及び封印を行うとともに、IAEAと北朝鮮との間の合意に従いすべての必要な監視及び検証を行うために、IAEA要員の復帰を求める。
○北朝鮮は、共同声明に従って放棄されるところの、共同声明にいうすべての核計画(使用済燃料棒から抽出されたプルトニウムを含む)の一覧表について、五者と協議する。
○米国は、北朝鮮のテロ支援国家指定を解除する作業を開始するとともに、北朝鮮に対する対敵通商法の適用を終了する作業を進める。
○北朝鮮と日本は、平壌宣言に従って、不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として、国交を正常化するための措置をとるため、二者協議を開始する。
○六者は、5万トンの重油に相当する緊急エネルギー支援の最初の輸送は、今後60日以内に開始される。
○日朝関係など5分野の作業部会を設置し、30日以内に始動する。
○初期段階およびすべての核計画についての完全な申告の提出並びに黒鉛減速炉及び再処理工場を含むすべての既存の核施設の無能力化を含む次の段階の期間中、100万トンの重油に相当する規模を限度とする経済、エネルギー及び人道支援(5万トンの重油に相当する最初の輸送を含む)が提供される。これは、作業部会における協議及び適切な評価を通じて決定される。

 今回の合意の最大の特徴は、6カ国の対等の約束であり、北朝鮮が約束を破れば、他の5カ国に不信行為を働いたことになる。この点が1994年の米朝枠組合意と根本的に異なっている。これが今回の6カ国協議の成果といえるだろう。だが、いくつかの疑問点がある。
(1) 北朝鮮と他の5カ国に認識の違いがある。その一つは、北朝鮮の国営通信が13日、6カ国協議について「各国が北朝鮮の核施設稼動臨時中止と関連して重油100万トン分に当たる経済・エネルギー支援を提供することになった」としていることである。北朝鮮以外の5カ国は6カ国協議の最大の目的を「朝鮮半島の非核化」にあるはずだが、北朝鮮は共同文書が出たばかりなのにすでに、核施設稼動臨時中止としているのは、エネルギー補給を受けるまでとりあえず各施設を休ませておけばいいのだろう、ということが見え透いている。しかし、5カ国は「臨時中止」によって重油を提供するほど愚かではない。北朝鮮は今回の合意を契機として、国際社会の信頼を回復する努力を積み重ねたらどうか。すでに、2005年9月19日の第4回六者会合に関する共同声明を反故にしている。
(2) 合意文書に「米国は北朝鮮のテロ支援国家指定を解除する作業を開始する」とあるが、日本は拉致を「テロ」とみなしており8日の日米協議で、拉致問題が解決しない限り指定を解除しないよう求めた直後だった。すでに米国と日本で認識の違いが明らかであることは、北朝鮮にスキを見せることになりそうである。米国は拉致問題に理解を示しているような発言をしておきながら、自国の利益優先の矛盾である。米国なら日本に損害を与えることはあるまいと信じることが適切でないという予感がする。
 同時に、自国も多数の拉致被害者を出している韓国首席代表を務める千英宇氏は「日本は別の国内事情のために決定が遅れている」と日本だけが支援参加に反対していることを明らかにし「朝鮮半島非核化の恩恵だけを受け、費用を出さないという態度を、日本はこれまで見せたことはないし、今後も見せないだろう」と強くけん制している。韓国の代表が日本に対してこのような態度をとることは理解に苦しむ。一方、ロシアのアレクサンドル・ロシュコフ外務次官は13日夜、「重油5万トンの支援」に「ロシアは加わらない」と語り、「旧ソ連時代に北朝鮮国内に建設した発電所の更新など、いくつか案がある」とし、別の形でエネルギー支援を行う用意があると表明。また、「北朝鮮がIAEAの査察要員復帰を認めるなら、原子力を平和利用する権利がある」と述べており、5カ国間の立場の違いを見せている。
(3) 米朝枠組み合意では「北朝鮮は、黒鉛減速型原子炉および関連施設を凍結し、最終的にはこれを解体する」としていた。ところが、凍結が具体的に何を意味し、その後の解体作業はいつどのような方法で進められるのかについては決められていなかった。米国は、プルトニウムを作ることができる8,000個の使用済み核燃料棒を「軽水炉を建設する間は安全に保管する」ことで合意してしまう過ちを犯していた。こうした中、北朝鮮は第2次核危機に火が付いてから1年後の2003年10月に8,000個の使用済み核燃料棒のすべてを再処理し、プルトニウムを生産している。
 今回の合意で使用不能な状態に持ち込めない限り、いつでも元の状態に戻すことができるという点が懸念されているが、「無能力化」が具体的にどのような状態なのか、またその時期がいつなのかが明らかにされてない。本当に無力化したことをどのように検証するかを明らかにしない限り、北朝鮮が「すでに無力化した」と宣言したから次の段階の援助をせよと表明し、結果的には今まで通りエネルギー支援だけ受け核に関しては何ら変わらないという北朝鮮の思うつぼにはまる危険性が十分あるだろう。
(4) 北朝鮮は寧辺を中心に国内に多数の核施設を保有するが、IAEAの査察が十分に実施されていないため、核開発計画の全容はつかめていない。その中で、今回の合意では寧辺の核施設だけが停止・封印の対象に選ばれているが、他の施設はどう非核化を検証するのか、すでに保有している核兵器および核物質の存在をどう検証するのか。これらが明らかにならない限り、その場限りの北朝鮮にとって都合のいいことばかりが行われるだけである。

6カ国協議の合意文書がなぜ作成されるまでになったか。それぞれの国の思惑は明らかに異なるが、最大の理由は米国の対北朝鮮への対応の軟化にある。。事実上の金融制裁解除がなぜ今の時期になされなければならないのか。イラク、イランの諸問題を抱えた、米国の国内事情によって性急な合意文書作成につながった気がしてならない。大体において、アジアの問題を地球の反対側近くにある国が、それも核兵器を何万発も保有している国が「核保有するな」などと説得しようとしていることが不可思議でならない。朝鮮半島に核があっては、日本としては安心して生活することはできない。核を保有しない戦争による唯一の被爆国日本が、北朝鮮だけでなく世界に向けて核保有反対を訴えることができると思うが、残念ながら、あちこちに気兼ねしすぎてそうしたことの具体的な発信をしているとは思えない。
手練手管で今まで騙し続け、拉致問題について誠実な対応をしてきたと思えない国が、核を放棄して同じアジア人として親しくできるような時は、現状では夢にしか過ぎないようだ。そもそも、核を放棄するからエネルギー支援をせよ、とする発想が信じられないし、妥当な要求とは思えない。
  日本は安易に妥協をすることなく経済制裁を続けなければならない。

<前                            目次                            次>